行方不明
日が西に傾きかけた頃、屋敷に戻ってきたアレスを待っていたのは、血相を変えて屋敷内を駆け回る住人たちだった。
「君、ちょっといいか?」
アレスは目の前を通過しようとしたメイドを捕まえた。
「あ、アレス様。お帰りなさいませ」
息を切らせながら、メイドは律儀に一礼した。
右目の変化に驚くかとアレスは思ったが、どうやら彼女は変化を認識していないらしく、普段と変わった反応を見せなかった。不思議に思って思念通話でロアに尋ねると、右目が色を変えるのは、ヘルマイオスが右目を通じてこの世界を見ている時――つまり、アレスが一時的に視力を失っている時だけらしい。
明快な返答にアレスは得心し、会話の対象をメイドに戻した。
「いったい何の騒ぎだ」
「家の者総出でフレイを捜しているのです」
「いないのか?」
「はい。気付いたのは執事のムントさんなのですが――」
メイドが説明しようとすると、奥から姿を現したケフィが小走りで駆け寄ってきた。
「見つかりましたか?」
「いえ、それが、まだ……」
「そうですか……一体どこへいったのでしょう……」
アレスの目には、二人の表情が一層沈んだように見えた。
「私は、もう少し二階を捜してみます」
「お願いします」
メイドがこの場を離れるのを見計らい、アレスは声を掛けた。
「俺も手伝おう。人手は多いほうがいいだろう」
「あ、アレスさん。お帰りなさい」
ケフィは驚いたような顔でアレスを見つめた。おそらくフレイのことで頭が一杯で、その存在に気付かなかったのだろう。
「フレイは見つからないのか?」
「はい……これだけ捜してもいないとなると、あとは外に出たと考えるしか……」
「まずいな、もうすぐ日が暮れるぞ」
この時期、日没と同時に気温もぐっと下がる。このまま夜を迎えれば、フレイの生命にも係わる恐れがある。
「どうしましょう……」
「あんな小さい子だ。そう遠くへ行ったとは思えない。俺が外を捜そう」
「お願いしてもいいですか?」
「あぁ、任せてくれ」
進んで捜索を引き受けたアレスは、ロアを引き連れて屋敷を出た。太陽は西に傾き、あと一時間もしないうちに完全に沈んでしまうだろう。時間的制約もさることながら、ここシャルターニは、数日前に初めてきた不慣れな町である。女の子が行きそうな場所など見当がつくはずもなく、アレスは早速頭を抱える羽目になった。
「さて、どこから捜せばいいものか……」
「クックックッ……安請け合いするからこういうことになる。相変わらず学習能力のない奴め」
ロアはお決まりの口調で毒を吐いたが、この時ばかりはアレスの怒りを喚起することはなかった。彼の頭の中は、行方不明の少女のことで一杯だったからだ。
ケフィの屋敷に来てから、ケフィ以外で最も気さくに接してくれたのは彼女だった。子供特有の無遠慮さと言ってしまえばそれまでかもしれないが、初めて他人の家で生活するアレスにとっては、多少鬱陶しいと感じながらも、とてもありがたかったのも事実である。だからなのだろうか。フレイに対しては特別な親近感を覚えていた。
「ここで突っ立っていても仕方がない。二手に別れて手近なところから捜してみよう」
「我にも捜せというのか!」
「つべこべ言わずに手伝え!!」
いつにない大声でロアの反論を封じると、アレスはすぐ傍にある路地へと入っていく。
その後姿を見送りながら、ロアはひとりごちる。
「無能者め。リュバールでも召喚できれば、たちどころに居所がわかるものを……」