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CAPRICE -カプリース-  作者: 陽気な物書き
第一部 サリスティア王国編 ~第二章 一つの終焉~
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帰宅

 昼過ぎ、アレスは自宅に着いた。


 王都エルダーブレイズの第三管区と呼ばれる商業地区の外れに建つこぢんまりとした平屋だ。


 ルヴァロフの地位ならば、高級住宅街である第一管区に居住もできたはずなのだが、彼は自らの意思で第三管区を選んだ。アレスが十歳の時、子供心にその理由を聞くと、彼は真顔でこう答えた。


「金や権力に塗れた連中が住む所に居を構えるなど不愉快極まりない。精神の安定、今後の研究を考慮すれば、第三管区以外の選択肢はない」


 前半についてはすぐに納得したが、後半の内容は当時のアレスには理解できなかった。


 十八になった今では、その理由がわかる。


 商人気質に溢れた住人たちの、思いやりがありながらも必要以上に他人に干渉しない快適な距離感。研究に必要な材料を比較的容易に入手できる稀有な環境――


 それらがこの第三管区を選んだ理由に違いなかった。


 アレスの家は、表向きは小さな平屋だが、地下には隠し部屋とも言える二層の部屋が存在する。


 第一層には、ルヴァロフが集めた膨大な本や資料、召喚用具などが保管されている。その床面積は平屋の五倍はあり、さながら悪魔関連に特化した地下図書館である。


 第二層は、地下深くに作られた天井の高い部屋である。この部屋は、ラムド式悪魔召喚術による悪魔との契約儀式を行う場合のみ使用される。契約儀式は多大な危険を孕んでおり、失敗時の周辺への影響を考え、このような場所で執り行うことにしていた。


「変わってないな」


 家の中に入ったアレスの第一声は、実に間の抜けた感想であった。家を出てからまだ一週間も経っていないのに妙な感慨を覚えるのは、その数日間が過去に体験したことがないほど濃密であったからに違いない。


「当たり前だ。たった数日で劇的に変化するものでもあるまい」


 アレスは見慣れた部屋の中を見回し、ようやくロアの言葉を実感した。


 あの忌まわしい事件から、まだたった数日しか経っていないのだと――


「で、わざわざ何をしに来たのだ。まさかそいつを料理して、我と二人で宴を開くわけではあるまいな」


 ロアの視線は、アレスの右手に握られた鶏に注がれていた。ここへ来る途中、市場に寄って入手したもので、羽と足を縛られた状態でまだ暴れている。


「それも悪くないな。お前も食べるか?」


「いらん。鶏肉は嫌いだ」


「贅沢な奴め……」


 悪魔でも好き嫌いがあるのかと、つまらないことにアレスは感心した。


 悪魔は血を滴らせながら生肉を頬張るイメージを抱いているが、ロアに関して言えばそのような光景を目撃したことはなく、人間と同じ物を普通に食している。それはロアが特別なのか、単にこの世界に順応しているだけなのかは定かではない。


 アレスはリビングを横切り、台所に入った。その後に続くロアは、アレスの真意を掴みきれず、再度問いかける。


「貴様、本気で料理をするつもりではなかろうな」


「そんなことで家に戻るかよ。これだ、これ」


 アレスは台所の隅の床を足で踏み鳴らした。そこには、五十センチほどの正方形のハッチがある。


「なるほど。目的は契約儀式か」


「そういうことだ。ケフィの家に移ってからも、俺はある悪魔との契約についてずっと調べていた。そしてここにもない資料があったおかげで、なんとか儀式の目処が立ったってわけさ」


 アレスはポケットから一枚の紙切れを取り出し、屈んでロアに見せた。


「これがその相手だ」


「……貴様、正気か?」


 内容に目を通したロアは、少し戸惑ったような声を漏らした。


「どうだ、少しは驚いたか?」


「まぁな。差し詰め、ここ最近の戦いで己の未熟さを痛感したというところか?」


「そうはっきり言うな。結構気にしているんだぞ」


 ロアの頭を拳骨で軽く叩くと、アレスはゆっくりと立ち上がった。


「貴様はまだまだ発展途上だ。努力次第でいくらでも成長する可能性はある。だが、いきなり三位に挑むとは、身の程知らずもいいところだな。クックックッ……」


 ロアは珍しく期待を持たせる言葉を紡いだが、その舌の根も乾かぬうちに彼らしい言い草で嘲笑した。


「それでもやるしかない。だから俺は戻ってきたんだ……この場所へ……」


 アレスは一言一言噛み締めるように呟いた。


 アルジャーノには体術で完敗。フォルセウスには自慢の悪魔召喚を用いても決定的な勝利を得ることは出来なかった。


 体術は一朝一夕でどうこうなるものではないが、悪魔召喚に関しては、契約さえ結べれば一気に飛躍することも可能である。そこに望みを託し、アレスは一年ぶりの契約儀式に臨もうとしていた。


「無謀な挑戦とはいえ、貴様が悪魔召喚師を続ける以上、いつかは通らなければならない道だ。やると決めたなら、腹を括ってやってみるがいい」


「元よりそのつもりだ。いくぞ!」


 アレスは力強く気を吐くと、地下へと続くハッチを開いた。

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