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CAPRICE -カプリース-  作者: 陽気な物書き
第一部 サリスティア王国編 ~第二章 一つの終焉~
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新しい朝

 アルカスター家の朝は早い。


 六時に全員揃って朝食を取るのが昔からの慣例で、居候となったアレスも例外ではない。毎朝十分前には家の者が必ず起こしに来るので、朝寝坊を決め込むことも叶わず、眠い目を擦りながら食卓に着かざるをえなかった。


 居候になって三日目の朝。


 総勢十八名の住人が長い食卓を囲み、朝食を取っていた。


「今日はどうされますか?」


 サラダを取り分けながら、ケフィが尋ねた。、正面に座っているアレスは、腕組みしてうとうとと舟を漕いでいる。


「聞いていますか? アレスさん」


「ん……呼んだか……?」


 アレスは目を瞬かせながら顔を上げた。


「まだ早起きはつらいですか?」


「あぁ……家では徹夜の研究がざらで、普通に昼まで寝ていたからな……」


「そんな生活、体に良くないですよ。いい機会ですから、健康的な生活に戻してくださいね」


「あぁ……努力はしてみる……」


 アレスは気のない声で答えると、大きな欠伸をした。やはり睡魔には勝てそうになく、ここで敗北を喫するのも時間の問題であった。


「はい、これ」


 横からコップを差し出したのは、フレイだった。それはたっぷりと氷が入った冷水で、コップについた大量の水滴を見れば、どれほど冷えているかは想像に易い。


「さぁ、ぐぐーっと飲んでね」


 コップを受け取り、アレスは一気に飲み干した。口内を鋭く刺激する冷たいという感覚が、口から喉、胃へと流れていくのがはっきりと認識できる。


「どぉ? 目、覚めたぁ?」


「あぁ、ありがとな」


 意識を覚醒させたアレスは、しっかりとした口調でフレイに感謝した。


「いいよぉ、これもお仕事だから」


 フレイは満面の笑みを見せると、自分の席に戻って食事を再開させた。


「すっかりなつかれちゃいましたね」


 二人のやり取りを見ていたケフィは、食事の手を止めて微笑みかけた。


「そうなのか……?」


「はい。あぁ見えて、フレイちゃんは人見知りが激しいですから」


「見ず知らずの俺にあんなにべたべたする子が人見知りだとは思えないが……」


「それは、気に入った方だけです。けして、誰でも、というわけではないのです」


(だから、彼女なりの歓迎の儀式というわけか――)


 一人得心し、アレスは朝食に手をつけた。


「ところで、今日はどうされますか? 研究でしたら私もお手伝いしますが」


 ケフィは、先刻返事をもらえなかった質問を再度口にした。


 彼女は三大貴族の当主としての責務を果たす傍ら、アレスの手伝いをすることに楽しみを覚え始めていた。彼と一緒に研究できることが楽しいのか、悪魔を研究することが楽しいのか、本人自身もまだ明確な回答を得てはいない。


「一度家に戻ろうと思っている。どうしてもやらないといけないことがあってな」


「昨夜から雨が降っていますが、それでも戻られるのですか?」


「あぁ」


「でしたら、私もご一緒しましょうか?」


「いや、君は自分の部屋にいてくれ。親父ほどではないにしろ、簡易的な遮断力場を張ってある。外に出るよりは安全なはずだ」


「わかりました。ちょっと残念ですけど、仕方ありませんね」


「何もなければ、夜には戻る」


「何もなければ……?」


 何気なく発せられた一言が不安を煽り、ケフィは思わず復唱した。


「深い意味はない。気にしないでくれ」


「あ、はい。わかりました」


 ケフィは勘が鋭い。洞察力があるといった方が的確かもしれないが、うっかり不用意な発言をすれば、過剰な心配をかけてしまう恐れがある。これから居を同じくする以上、発言に気をつけるのが最低限の配慮だろうと、アレスは思った。


「留守の間、君に一つ頼み事があるんだが、引き受けてくれるか?」


「はい、なんでしょう?」


「君も三大貴族の当主としての仕事もあるし、ずっと手伝ってもらうわけにもいかないだろ? だから留守の間に調べたい本を探しておいて欲しいんだ。なんせこの屋敷の蔵書は凄すぎて、君がいないと、どこに何の本があるのか、てんで見当もつかないんでな」


「たしかにそうですね。それが私にできることなら、喜んでお引き受けします」


「ありがとう。このメモを参考にしてくれ」


 ポケットから二つ折りにした紙片を取り出し、ケフィに渡した。その内容に目を通し始めた彼女の顔色に戸惑いの色が浮かぶ。


「あの……」


「どうかしたか?」


「あ、いえ……ここに書いてあるのって、もしかして……」


「まさか、わかるのか?」


「えぇ、まぁ……」


 二人の会話は、食卓を囲む他の同居人には何のことだかさっぱりわからない。それはアレスの足元で ミルクを舐めている彼の相棒も例外ではない。


〈何の話をしている〉


〈調べ物の話だ〉


〈そんなことはわかっている。その内容を訊いているのだ〉


〈エルガ式悪魔召喚についてだ〉


〈ほぉ……どういう心境の変化だ。エルガ式には全く関心がなかったのではないのか?〉


〈まぁそうなんだが、ラムド式に拘ることに疑問を抱いたというか、なんというか……〉


〈悪魔召喚を極めるならば、エルガ式の習得も視野に入れるべきだろう。もっとも、神の威光を笠に着て悪魔を使役する方法など、我は好かんがな〉


〈同感だ。代償を求めるラムド式のほうがよほど悪魔召喚師らしい〉


〈まぁ、たとえ習得できなくとも、知っておくだけでも悪くはない。知識は宝だ〉


「あの……アレスさん……?」


 突然会話が途切れたことに疑問を抱き、ケフィは心配そうな顔で声を掛けた。


「あ、すまない。ちょっと考え事をしていた」


「要は、ここにある悪魔に関する本を片っ端から集めればいいんですよね?」


 片っ端と言う言葉から、彼女の強い意気込みを感じる。そこまで肩肘張ってやることではないのだが、彼女の生真面目さの表れと思えば、特段指摘することでもない。


「まぁ、そういうことだ。別に今日中にってわけじゃないから、のんびりやってくれればいい」


「大丈夫です。アレスさんが戻られるまでには終わらせておきますよ」

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