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CAPRICE -カプリース-  作者: 陽気な物書き
第一部 サリスティア王国編 ~第二章 一つの終焉~
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提案

「提案……?」


「はい。アレスさんさえよろしければ、当家にお住まいになりませんか?」


「俺がここに……?」


 突然の申し出に、アレスは戸惑いを隠せない。


「はい。私が耳にした話では、陛下はアレスさんに及ぶ罪を不問にされたとのことですが、私はそれで事が済んだとは思いません。たとえ陛下がそのつもりでも、あの宰相がアレスさんを野放しにしておくとは到底思えないのです」


「ノーラか……」


 数日前、王宮のバルコニーで彼女が処刑宣言をした場面が脳裏に浮かび、その顔を思い出すだけで怒りが込み上げてくる。


「彼女は悪魔を恐れ、忌み嫌っていると聞き及んでいます。十五年前の情報漏洩事件の際、三大貴族に名を連ねようとした当家を、当時先代陛下の妾であった彼女が取り潰そうと画策していたという噂は、アレスさんもご存知だと思います」


「たしか、アルカスター家に謀叛の嫌疑がかけられたんだったな」


「はい。あれは根も葉もない言い掛かりですが、証拠すら捏造されるのではないかと、父は恐れていました」


「黒い噂の絶えない女だ。不安は当然だろう」


 ケフィは大きく頷く。


「彼女のこれまでの言動から推察すれば、必ずアレスさんの行動を妨害し、命さえ狙ってくるかもしれません。そのことも考慮した上で、今後はここを拠点にされた方がよいのではと思ったのですが、いかかでしょうか?」


「んー……」


 アレスはすぐに承諾しなかった。


 この屋敷に居を移せば、護衛には最適だが、不安要素も幾つかある。


 一つは、ケフィも口にしたノーラのこと。もう一つは、ルヴァロフが生前敵対していた人物、勢力の存在である。


 そもそもケフィには無関係のことであるが、居を同じくすれば、彼女をはじめとするアルカスター家の住人を巻き込む可能性が大きい。


 それらを考慮すると、軽々に厚意を受けるわけにはいかない。


「悪くない申し出だ。断る理由はあるまい」


 おとなしく足元に控えていたロアが、ケフィを後押しした。絶対反対すると思っていただけに、アレスの驚きは大きい。


「お前、どういうつもりだ」


「言葉どおりだ。どうもこうもない」


「この子もこう言っていますが、アレスさんはどうですか?」


「気持ちはありがたいが、本当にいいのか……? 俺がここに住めば、迷惑がかかるかもしれないぞ」


「それはお互い様です。どこにいても私がアレスさんに迷惑を掛けることに違いないのですから、その点は気にしないでください」


 彼女は彼女なりに気を遣っており、ここで断るのは逆に悪いのではないかと、アレスは思った。


「……わかった。君の厚意に甘えさせてもらうよ」


 ケフィの申し出を受けた直後、不意に右足に違和感が走った。見ると、ロアがズボンの裾に噛みつき、自己の存在を主張していた。


 思念伝達という便利な能力があるのにこんな原始的な方法を用いたのは、言葉を用いて人間に頼む行為をプライドが許さないからに違いない。


 そう確信したアレスは、面倒臭い奴だと思いながらも、ロアの意思を代弁する。


「すまないが、こいつも一緒にいいか?」


「もちろんです。うちにはペットがいませんから、みんな喜びます」


「無礼な! 我はペットではない。我は悪魔を統べる魔王の……うぐっ」


 自称魔王の目敏い反論は、背中を踏みつけられてあっけなく潰えた。ふかふかの絨毯のお手柄か、アレスはついに宿願を果たし、自称魔王を足下に捻じ伏せることに成功した。


「その台詞は聞き飽きた。おとなしくペットになれ」


「貴様、我を足蹴にするなど……ふぎゅ……」


 さらに強い力が加わり、完全に行動の自由を封じられたロアは、せめてもの抵抗とばかりに手足をばたつかせる。


「やめてください。可哀想じゃないですか!」


 アレスの足を手で払い、ケフィは虐待を受けていたロアを両手に収めた。


「こんな奴のどこが可哀想なんだ」


 腰を屈めてロアと目線の高さを合わせると、中指を親指で止めて力を溜め、小さな顔面にむけて解放した。中指は勢いよく眉間を弾き、ロアは痛みに悶えた。


「こんなに可愛いのに、どうして苛めるんですか!」


 ロアを胸に抱き締め、ケフィは鋭く睨みつけた。


「やれやれ……」


 アレスは溜息をつき、不毛な小競り合いをやめた。日頃の恨みを晴らすにはまたとない機会ではあるが、世話になると決めた以上、彼女の心証を悪くするような行為は避けるべきだとの判断だ。


「よかったな、心強い味方ができて」


「黙れ。我は人間如きの力など借りん」


「それは魔王の矜持か……?」


 アレスが冷やかし半分で言うと、ロアはケフィの胸から顔を出し、力強い輝きが宿った瞳を向けた。


「貴様にしてはまともな事を言うではないか。ようやく我の偉大さに気付いたか」


「まぁ、そういうことにしておいてやるさ」


 アレスは楽しげに微笑み、不遜な相棒の頭を手荒に撫でた。どこか微笑ましい感じさえする光景に安堵したケフィは、絨毯の上にロアを解放した。


「それでは、私は少し席を外します。ゆっくりしていてくださいね」


 柔らかな笑顔を残し、ケフィは部屋を後にした。


 静寂の中、アレスはふとあることを思い出し、胡坐を組んでロアと顔を突き合わせた。その表情はいつになく真剣だ。


「なぁ、マルセンの一件で聞きそびれていたんだが、フォルセウスの正体はわかったのか?」


「フッ、何かと思えば……いまさら我に聞くまでもあるまい。貴様自身、すでに答えを出しているではないか」


「俺が……?」


「相変わらず鈍い奴だ。聖堂会の小僧に対してはあれほど渋ったのに、奴に対しては躊躇なく召喚を行ったであろう。それが貴様の欲する答えではないのか?」


「なるほど……さすが自称魔王様だ」


「貴様、殺すぞ」


「その台詞もいい加減聞き飽きたな。もう少しましな脅し文句でも考えたらどうだ」


 耳に馴染んだ恫喝を軽くいなすと、アレスはロアの首を摘んで持ち上げた。だらしなく四肢を垂れた姿が、また何とも言えず可愛い。


「それにしても、意外だったな。お前がケフィの居候になることを望むなんて。一体どういう心境の変化だ?」


「美味い物が食える――これ以上の理由が他にあるか?」


 ロアは臆面もなく言い放った。真っ直ぐに見つめる硝子玉のような黒い瞳には、一点の曇りもない。


 深い思惑があると期待していただけに、アレスの落胆は大きかった。


「訊いた俺が馬鹿だった……忘れてくれ」

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