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CAPRICE -カプリース-  作者: 陽気な物書き
第一部 サリスティア王国編 ~第二章 一つの終焉~
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洗礼

「これは凄い……さすが三大貴族だな」


 案内された一室に足を踏み入れたアレスは、思わず感嘆の声を上げた。


 今いる一室は来賓用の応接室で、まず目が行くのは、煌びやかなシャンデリアだ。放射線状に枝垂れる宝石の装飾は圧巻で、見る者を魅了する。そこから視線を落とすと、歴史と気品を感じさせる家具や調度品に感動し、最後に床一面に敷き詰められた絨毯の見事な刺繍が目を楽しませる。


「当家は三大貴族に名を連ねてはいますが、権力や資産においては他の二家の足元にも及びません」


「カロエスタルとバルフォードだったか……」


「はい。その二家が百年以上前から大貴族であったのに対し、当家が大貴族に名を連ねたのは、僅か十五年前――」


「例の情報漏洩事件後か……」


 情報漏洩事件――アルカスター家の当主が代々エルガ式魔王ハルファスの召喚方法を継承しているという事実が、何者かの手によって白日の下に晒された事件である。


「そうです。漏洩した事実を耳にした前国王は歓喜され、当家を大貴族にするとおっしゃられたと聞いています。当家にとっては、そんな称号などどうでもよかったのですが……」


「そもそも君の父親しか知らない内容だ。それが外部に漏れたとなると、本人が口外したとしか考えられないが――」


「私は父を信じています。事実が知れ渡った時の不利益を考えれば、絶対に口外するはずがありませんから……」


 父親のことを思い出したのか、ケフィの瞳には薄らと涙が潤んでいる。


 自分の不用意な発言が招いた事態であるにも拘らず、アレスは掛ける言葉が見つからない。なんとかしなければと、ただ気持ちだけが焦る。


 重苦しい空気が流れる中、徐にロアが歩き出した。部屋の中を物色するようにゆっくりと一周してくると、ケフィの前で立ち止まった。


「年季の入った物ばかりだな。集めたのは、貴様の父親なのか?」


「……あ、いえ……ここにある品々は、歴代の当主の方々が収集したものだと父から聞いたことがあります。父はこのような物に全く興味がありませんでしたから、わざわざ取り替えるのも億劫で、単にそのまま使い続けただけだと思います」


「いい趣味だ。俺の好みにも合う」


 ロアの機転に便乗し、アレスはようやく言葉を口にすることができた。


「そう言ってもらえると嬉しいです。さぁ、こちらへどうぞ」


 勧められるまま、アレスは総革張りの重厚感のあるソファーに腰を下ろした。ケフィの顔にも明るさが戻り、ホッと胸を撫で下ろす。


「いらっしゃいませぇ」


 爽やかな笑顔と一緒に飲み物を運んできたのは、玄関ホールで出迎えてくれたメイドの一人だ。くりっとした目が印象的な十歳ぐらいの快活な少女で、フリルのついたメイド服と綺麗な栗毛のポニーテールが良く似合っている。


「ありがとう、フレイちゃん」


 ケフィはカップを配し終えた少女に微笑みかけた。すると、少女は頬を膨らませて若き当主を睨みつけた。


「久しぶりの外出なのに一人で行っちゃうから、ちゃんと帰ってくるか心配していたんだよぉ!」


「ごめんね。今度はちゃんとフレイちゃんに行き先を言ってから行くようにするから。ねっ」


 ケフィは健気な少女の頭を優しく撫でた。それに満足したのか、フレイの表情はすぐに晴れやかになり、その視線はアレスに向けられた。


「このお兄ちゃんがそうなんだよねぇ?」


「そうよ。アレスさんといって、これから私たちを守ってくれるのよ」


「ふぅーん……」


 フレイは値踏みするような目でまじまじとアレスを見つめ、移動して視点を変えては、腕組みして歳不相応な唸り声を上げる。


「なんだ、こいつは……」


 堪らず尋ねると、ケフィは少し困惑したような表情を見せた。


「まぁ、その……彼女なりの歓迎の儀式みたいなものです」


「これが歓迎されているのか?」


 戸惑うアレスをよそに突然動きを止めたフレイは、子供らしくない難しい顔をしてケフィに尋ねる。


「ねぇねぇ、本当にこの人がおじちゃんの子供なのぉ? 絶対違うよねぇ?」


「こーらっ、失礼ですよ、フレイちゃん」


「だって、このお兄ちゃん、全然笑わないもん」


 フレイは頬を膨らませて拗ねた素振りを見せた。


「アレスさんは初めての環境で戸惑っているのよ。無理を言っちゃいけません」


 アレスは別に環境の変化に戸惑っていたわけではなかったが、ケフィがこの少女の相手をしてくれるなら殊更訂正する必要もないと考え、黙って二人のやりとりを見守っている。


「でもでも、おじちゃんはフレイに優しかったし、いっぱい笑ってくれたよぉ?」


 フレイは縋る様な目で訴えかけた。


「フレイちゃんがルヴァロフさんのことを大好きだったのは知っているけど、アレスさんも負けないぐらいいい人よ。もう少し落ち着いたら、きっといっぱい遊んでくれるから、ね」


「ふぅーん……このお兄ちゃんがねぇ……」


 半信半疑のフレイは、唇が触れそうな距離まで顔を近づけた。驚いたアレスは咄嗟に身を引く。


「な、なんだ!」


「うん、今のでなんとか六十二点。ギリギリ合格だね!」


 満面の笑みで言われても、アレスには何のことだかさっぱりわからない。


 当のフレイはと言えば、自分が下した評価に満足したのか、関心は一気に冷めてしまったらしく、アレスそっちのけでケフィと会話を始めた。


「なんだかな……」


〈なかなか面白い小娘ではないか。もっと構ってやればよいものを〉


〈うるさいぞ、自称魔王。意見したいなら、まずは姿を現したらどうだ〉


 アレスの視界にロアの姿はない。フレイが部屋に入ってきたのを見るなり、ソファーの下の隙間に姿を隠し、じっと息を潜めているのだ。フレイに見つかって玩具にされることを予見しての迅速な退避行動だ。


〈冗談ではない。今出て行けば、何をされるか知れたものではない。小娘はもうこりごりだ……〉


〈まぁ、お前の気持ちもわからんではないが……〉


 フレイの洗礼を受けたアレスには、ロアの気持ちが手に取るようにわかる。こちらが迷惑に感じていても、当の本人に悪意がないのだから、これほど性質の悪いものはない。ただ、目の前でケフィと楽しそうに話している無邪気で怖いもの知らずな少女からは、言い知れぬ寂しさのようなものを感じる。


「それじゃ、フレイお掃除してくるね」


 小さな手を大きく振りながら、フレイは応接室を後にした。それを確認したロアは、ソファーの下から這い出てきて、アレスの足元で寝転がった。高級絨毯の感触がよほど気持ちいいのだろう。ごろごろと何度も転がってはご機嫌に尻尾を振っている。


〈お前も案外かわいいところがあるんだな〉


 アレスが冷やかすと、ロアは突然動きを止め、鋭く振り返った。


〈貴様、我を愚弄する気か!〉


〈そういきり立つなって。からかっただけだ〉


〈時として、その口が死を招く。よく覚えておくことだ〉


〈あぁ、肝に銘じておくさ〉

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