意外な事実
「あんたはどうするんだ」
アレスはぶっきらぼうに声を掛けると、イセリナはゆっくりと視線を上げた。その表情には彼女らしい精悍さが蘇っており、つい先刻までの憔悴しきった様子が嘘のようであった。
「公安が動き出したとはいえ、信者を虐殺されて黙っているわけにはいきません。私は支部に戻り、本国に応援を要請します」
「応援……?」
「はい。本国には各地での不測の事態に備え、精鋭が控えています。そのメンバーを派遣してもらうのです」
「いい判断だとは思うが、果たしてうまくいくかな」
「どういう意味ですか?」
含みのある物言いに、イセリナは首を傾げる。
「あんたが言う精鋭の中には、当然エルガ式の悪魔召喚師もいるんだろ?」
「数は正確には把握していませんが、少なくとも十数名はいたと思います」
「だったら、やめたほうがいい。あんたの上司は、間違いなく応援要請を許可しない」
「そんな……きっと支部長も同じことを考えているはずです!」
イセリナが反論すると、アレスの顔色が変わった。
「本気でそう思っているのか? あんたもその耳で聞いただろう、奴の本心を」
「……」
あの時、自分が典型的な反対派であることを、フォルナーは自ら暴露した。その事実を知ってしまった今、どう接していけばいいのか、イセリナの困惑はなおも続いていた。
「上司を立てるのも結構だが、もっと現実を見たほうがいい。下手をすれば、あんただけが泥をかぶる羽目になる」
「それでも構いません。亡くなった方々の無念が晴らせるならば……」
「そうか……だったら好きにすればいい」
イセリナの悲痛な覚悟を知り、アレスは余計な口出しをすることをやめた。
「……正直、支部長があなたがたを目の敵にしないか不安です。もしかしたら、次にお会いする時は――」
「その時はその時。お互い無用な心配はなしだ」
「……そうですね。起こるかどうかもわからない未来を悲観するよりも、アレスさんがおっしゃったように、今目の前にある現実を一番に考えてみます」
イセリナは勢い込んで立ち上がった。その瞳に迷いはなく、凛とした決意に満ちた輝きを放っている。
「それでは、いったんお別れですね。お二人ともお元気で」
「イセリナさんもお元気で」
女性二人が和やかに握手を交わす傍らで、アレスはぼそっと呟いた。
「あのガキに言っといてくれ。次に会った時、きっちり借りを返す。しっかり怪我を治しておけと」
「わかりました」
イセリナは言伝を受ける一方で、かねてから気になっていたことを確認したい衝動に駆られた。
「すみません。つかぬことを聞きますが、アレスさんはおいくつですか?」
「十八だが、それがどうした」
訝しげにアレスが答えると、イセリナはくすくすと笑い出した。
「何がおかしい」
「だって、アレスさんはアル君のことをガキと呼んでいましたが、彼、あぁ見えても二十三歳なんですよ」
「二十三!? あいつがか!」
「はい。外見だけならたしかにアレスさんより年下に見えなくもないですが、さすがにガキと呼ぶのはどうかと思いまして」
イセリナは込み上げてくる笑いを抑えることができない。それに釣られて、ケフィまでもが笑い出した。
「おいおい、君まで……」
「すみません。でもおかしくて」
笑ってはいけないと思うほど笑ってしまい、ケフィは自制が効かなくなっていた。
「言われてみれば、あいつは俺のことを、アレスくん、と呼んでいた。妙に馴れ馴れしいと思ったが、まさか年上だったとはな……」
彼が五つも年上だと知ったところで、アレスは別に敬う気にならなかった。ただ、イセリナが指摘するように、ガキと呼ぶことへの違和感は拭えない。
(アレスさんとアル君。この二人って案外面白い組み合わせかも……)
二人が再会した時の光景を想像し、イセリナは静かに微笑んだ。
第一章 胎動 完