悔恨
すぐさま三人は部屋を飛び出し、廊下の窓から外を見た。向かいの校舎の三階、その一室の窓ガラスが吹き飛び、煙が上がっている。
反射的に駆け出した三人は、跳ねるように階段を上っていく。三階に辿り着き、渡り廊下を渡り、ようやく向かいの校舎に足を踏み入れた。
「この先だ」
角を左に曲がり、目指す部屋に面する廊下に出た三人は、異様な光景に足を止めた。
「なんだ、これは……」
野次馬化した学生が殺到し、廊下を埋め尽くして騒いでいる。軍人になるべく厳しい訓練を施されている生徒とは思えない幼稚で無様な光景だ。
「どけっ、邪魔だ!!」
アレスは立ち塞がる学生を掻き分け、言うことを聞かない相手は問答無用で殴り飛ばし、強引に道を切り開いていく。
「神よ、彼の非行をお許し下さい――」
イセリナは手を合わせ、囁くような声で懺悔した。緊急事態とはいえ、罪もない人を殴ることは許されることではない。それでも、今はそれしか手段がないと知り、彼に代わって律儀に懺悔を行ったのだ。
「何をしているんですか! 行きますよ!」
ケフィはイセリナの手を取り、力強い足取りでアレスを追う。揉みくちゃになりながら、なんとか教室に辿り着くと、出入り口で立ち尽くすアレスの姿を見つけた。
「どうしたんですか?」
ケフィの声にも反応せず、様子がおかしいと感じた二人は、彼と並び立って室内に目をやった。そしてあまりに凄惨な光景に絶句し、瞬きすることすら忘れて立ち尽くした。
広い教室の教壇部分は跡形もなく吹き飛び、あちこちから聞こえる悲痛な呻き声が絶えることはない。少し遅れて駆けつけた常駐の救護班は、怪我をした学生の手当てをする一方で、運悪く犠牲となった学生を順次運び出していく。その数は一人や二人ではなく、物的損害よりも人的被害のほうが遥かに深刻だった。
爆心地と思われる教壇跡に、両手両膝を付いた校長の姿を発見したイセリナは、重い足取りでその背後に立った。彼の肩越しに、皮膚が焼け爛れ、原形を留めていない一体の亡骸が見える。
「申し訳、ありません……」
開口一番、イセリナは謝罪した。その声に気付き、ゆっくりと振り向いた校長は顔面蒼白で、魂の抜けた虚ろな視線が痛々しい。
「残念です……せっかくお知らせ頂いたというのに……」
激しく責められれば、イセリナの心は幾分救われただろう。だが校長はただの一言も責めず、変わり果てた同僚に視線を移し、ただじっと見つめるだけだった。その姿は最も効果的に彼女を苦しめた。
「……彼を救えなかったのは、私の責任です……本当に、申し訳ありません……」
自慢の黒髪が床の上で持て余すほどに、イセリナは深々と頭を下げた。
(この学校に到着した時には、間違いなくまだ生きていた。あの時、校長の言葉を無視してでも駆けつけていれば、死なせずに済んだかもしれない。全ては、自分の判断の甘さが招いたこと。悔しくて腹立たしくて、そして何より申し訳ない……)
自責に満ちた小さな滴が幾つも零れ落ち、焼け焦げた床の上に儚く弾けた。
「……出ましょう、アレスさん」
居た堪れなくなったケフィは囁くような声で退室を促すと、自らは即刻教室を出た。まだ頭を下げたままのイセリナを尻目に、アレスもそれに倣う。