ウェルバー軍事学校
「鬱陶しいな……」
校内の廊下を歩きながら、アレスはぼやいた。左右にイセリナとケフィ、足元にロアを伴い、前後には学校職員が二名ずつ随行している。彼らは表向き職員だが、厳しい訓練を受けた軍人で、アレスたちが校内で怪しい行動をとらないか、厳しく監視しているのである。
「こちらへどうぞ」
前を歩く職員の一人が振り返った。右腕を伸ばして左の部屋へ入るよう促している。視線を上げた先に見える小さな標識には、校長室と書いてある。
職員がドアを開けると、遥か昔に壮年期を過ぎたと思える男性が待っていた。校長と呼ぶには威厳がなく、穏やかな陽光の中、元気に遊びまわる孫を優しく見守る姿が似合いそうな白髪の老人だ。
「あなたがたですか。緊急の用件がおありだというのは……」
「突然押しかけて申し訳ありません」
イセリナは強張った表情で軽く頭を下げた。
「お気になさらずに。さぁ、どうぞ」
事情を知らない校長は三人にソファーを勧め、自らも腰を下ろした。だが、三人は立ったまま、厳しい表情を崩さない。
「私は聖堂会シャルターニ支部、副支部長のイセリナと申します。お心遣いには感謝しますが、急を要しますので、このまま用件だけを手短にお伝えします。ヘルマン氏に生命の危機が迫っています。速やかに彼を保護したいのですが、彼は今どこにおられますか?」
イセリナは早口で捲くし立てた。その迫力にたじろぎ、校長は目を瞬かせる。
「ヘルマンは向かい校舎で授業を行っていますが、生命の危機というのは一体……」
「申し訳ありませんが、詳細はご本人にしかお話できない旨、どうかご理解ください」
「そうですか……」
何も教えてもらえず、校長は混乱の度合いを深めていた。それでも客人の雰囲気からただ事ではないことを感じ取り、今自分がなすべきことを認識した。
「事情はよくわかりませんが、すぐに呼んで参りますので、少しお待ちいただけますか?」
「いえ、私たちも一緒に行きます」
イセリナは強い口調で同行を求めた。悠長に待っていることなどできず、一刻も早く、彼の無事を確認したかったのだ。
彼女の逸る気持ちを知ってか知らずか、校長はゆっくりと首を横に振る。
「申し訳ありませんが、校内は軍の管轄下にあり、関係者以外の方に行動の自由を与えるわけにはいかないのです。どうか私に客人を逮捕させるようなことはさせないでください。お願いします」
「……わかりました。私たちはここで待たせていただきます」
イセリナは渋々了解し、ゆったりとした足取りの校長を見送った。事の危急性を考えれば、強引に教室へ向かうべきだったろう。だが、後に聖堂会と軍の間に火種を残す可能性を懸念すれば、ここは校長の言葉に従うしかなかったのである。
「なんとか間に合ったようですね」
場を和ませるつもりで明るく言葉を掛け、ケフィはソファーに腰掛けた。その隣には、先に自分の場所を確保したアレスが踏ん反り返っている。
「まだ安心はできないわ。彼の無事を確認するまでは……」
気が気でないイセリナは、腕を拱いて同じ場所を行ったり来たりしている。
「少しはじっとしたらどうだ。あんたの苛々がこっちにまで伝染する」
「あなたこそ、よくそんなに落ち着いていられますね」
「誰が落ち着いてなどいるか。俺だって苛立っているんだ。だがな、自由に身動きできない以上、あの爺さんに任せるしかないだろう」
「それはそうですが……」
「とにかく座れ。目障りだ」
「……わかりました」
イセリナが渋々腰を下ろそうとしたその時、落雷を思わせる轟音が響き渡った。