決断
「遅い。シエラはどうしたのです!」
「あ、いえ……それが……」
いつになく苛ついている上司のきつい口調に、アリサは尻込みした。
「はっきり言いなさい。こちらも急いでいるのです」
「あ、はい……申し訳ありません。実は、あれから支部内をくまなく捜したのですが、シエラ様の姿がどこにも見当たらないのです」
「ここにいないのであれば、どこかへ出かけたのではないのですか?」
「私もそう考え、アーノに尋ねましたが、支部長が戻られて以後、誰も出入りをしていないとのことでした」
「だとすれば、どこか捜し漏れた場所があるのではないですか?」
「いえ、そんなはずは……」
イセリナの勢いに圧倒され、アリサは泣き出しそうな顔になっている。
「状況はわかった。後はこちらで処理する。君は自分の職務に戻りたまえ」
「は、はい……」
フォルナーは話に割り込むと、半ば追い払うようにアリサを退室させた。その真意を掴みかねるイセリナが訝しげに視線を寄せる中、フォルナーは再度説得を試みる。
「改めてお願いする。君の力を貸してくれないか?」
「……」
やはり協力する気はないのかと周囲の人間は思ったが、彼が無言を決め込んでいたのには、別の理由があった。
彼の足元に控える相棒と思念通話を行っていたのだ。
〈――で、どうするつもりだ、小僧〉
〈エルガ式の魔王に興味はない。だが、ここで借りを作っておけば、後々メリットがあるかもしれない〉
〈打算的だが、賢明な判断だ。どうせなら、この機にエルガ式にも関心を持ってみてはどうだ。けして無駄にはならんと思うが……〉
〈そうだな。考えておこう〉
アレスがロアの勧めに一定の理解を示した時、痺れを切らしたイセリナがドアノブに手を掛けた。
「これ以上は待てません。私一人で行ってきます」
「待てよ」
呼び止められて、イセリナは手を止めて振り向く。
「まだ何か言い足りないことでもおありですか?」
「一度は拒否したが、奴を逃がした責任の一端は俺にもある」
「それでは、協力していただけるのですか!」
イセリナは期待に声を弾ませた。
「あぁ、今回だけだ」
「ありがとうございます!!」
イセリナは小躍りして喜んだ。一度は諦めていただけに、喜びもひとしおだった。
「よく決断してくれた。感謝する」
フォルナーは立ち上がって握手を求めたが、アレスはそれに応じず、重々しい口調で言葉を続ける。
「言っておくが、協力するのは俺たちだけだ。ケフィは保護対象として同行するだけ。彼女に危険が及ぶと判断した時は、彼女の保護を最優先とし、場合によっては即座に協力を放棄する」
「結構だ。その判断は君に委ねる」
アレスの言葉に妙な違和感を覚えながらも、フォルナーは彼の意向を呑み、イセリナに命を下した。
「君はアレス君たちと共にウェルバー軍事学校へ向かい、マルセン氏を保護してくれ」
「わかりました。シエラのこと、よろしくお願いします」
「あぁ、私が責任を持って捜索させる。何も心配はするな」
フォルナーは力強く約束し、イセリナたちを送り出した。
「さて、奴はうまくやってくれるかな……」
静寂が支配する部屋の中、フォルナーはひとりごちた。そこに寡黙な紳士の面影はなく、まるで彼が嫌う悪魔が宿ったかのような、歪んだ狂気を内包する微笑みを浮かべていた。