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CAPRICE -カプリース-  作者: 陽気な物書き
第一部 サリスティア王国編 ~第一章 胎動~
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遺憾

〈止めろ、小僧! その小娘、ハルファスを召喚するつもりだ!〉


 緊迫感を帯びたロアの声が届くより早く、アレスは彼女の前に立ち、ネックレスを握る手に自分の手を添えていた。


「ここは俺に任せてくれ。君が戦う必要はない」


「しかし……」


 ケフィは戦いを任せることに躊躇した。彼がアルジャーノに容易く倒される場面を見ていたため、その実力に疑念を抱いていたのである。


「俺は親父から君を託された。大丈夫だ、負けやしない」


 アレスの自信漲る表情を見た直後、心に掛かっていた闇が一気に晴れた気がした。ルヴァロフの遺言とは言え、アレスに保護を求めたのは他でもない自分なのに、アレスを信用しないというのは非礼極まりなく、ひいてはルヴァロフをも軽んじることになると気付いたのである。


「……すみません。私、どうかしていました。この戦い、アレスさんにお任せします」


「ありがとう」


ケフィがネックレスから手を離すと、アレスはほっとしたような微笑みを浮かべた。


「そこの二人、何をこそこそやっている!」


 自分が無視されていることに機嫌を損ね、フォルセウスは声を荒らげた。


「大したことじゃない。お前の次の相手を決めていただけだ」


「ほぉ……その口振りだと、次はあんたか?」


「そういうことだ。そんなぼろ雑巾になった奴を殺しても面白くないだろ? 俺はそいつと違い、お前を退屈させたりはしない」


「ほぉ、言うねぇ」


 アルジャーノとアレスを交互に見比べ、最後にケフィを一瞥すると、フォルセウスは下衆な打算を働かせて薄ら笑いを浮かべた。


「たしかに、あんたをいたぶった方がその女も喜びそうだねぇ」


 飽きた玩具を手放す子供のようにアルジャーノを無造作に解放し、フォルセウスはふてぶてしく手招きした。その心はすでに新たな戦いに向いている。


「うまくこっちの誘いに乗ってくれたようだ。後は俺が勝てばいいだけだな」


「待ってください」


 意気揚々と戦いの場に赴かんとするアレスを、イセリナが引きとめた。アレスは緩慢な動きで振り返る。


「これは聖堂会に対する挑戦です。あなたが戦う必要はありません」


(愚かな女だ……)


 この期に及んで面子に拘るイセリナを、ロアは冷ややかな目で見上げていた。


「言いたいことはわからないでもない。だが、頼みの綱があの様ではそうも言っていられないだろう」


 アレスは、床に伏せたまま微動だにしないアルジャーノを横目で見た。フォルセウスから受けたダメージに加え、出血がひどい。このまま放置しておけば、間違いなく生命の危機を迎えるだろう。


「そもそも俺が戦う義理もないんだが、ケフィの護衛として力不足でないことを証明するいい機会なんでな。この場は任せて、早くあいつの手当てをしてやってくれ」


「わかりました。よろしくお願いします」


 アレスに後を託し、イセリナは傷ついた部下に駆け寄った。すぐ隣に立つ殺人鬼の関心はすでにそこになく、彼女の行動はなんら掣肘されることはない。


「しっかりしなさい、アル君!」


 イセリナはアルジャーノの体を抱き起こし、軽く揺すった。一度では反応がなく、慎重に同じ行動を繰り返す。


「……あ……イ、イセリナ……さま……」


 何度目かで、アルジャーノはようやく薄っすらと目をあけた。虚ろな視線の先には、心配そうに見つめる上司の顔がある。


「よかった……もう大丈夫よ」


「や、やつは……」


 朦朧とする意識の中で、彼が真っ先に気にしたのは、敵の存在だった。


「大丈夫、心配しないで。アレスさんが相手をしてくれるわ」


「あ、あいつ……が……」


「そうよ。勝算もあるようですし、ここは彼に任せましょう」


 自分に手も足も出なかった奴が、勝てるはずがない。


 そう信じて疑わないアルジャーノは、イセリナの腕の中で、傷ついた体を起こそうとする。


「じっとしてなさい。その体では無理よ」


「く、くそっ……」


 アルジャーノはこの上なく辛く惨めだった。本来守るべき相手に守られ、無様な姿を晒している自分が許せない。


「……聖堂会を……イセリナ様を……守るのは……この……僕だ……」


 最後の力を振り絞り、必死に手を伸ばす。あと少しで届きそうな所に、敵がいる。


「もういいのよ、アル君……もういいの……」


 我が子を慈しむ母親のように、イセリナは優しく抱きしめた。その双眸から温かい滴が溢れ、傷つき倒れたアルジャーノの頬を濡らす。


「イセリナ……さま……」


 懐かしさにも似た温もりを感じながら、アルジャーノの意識は深い闇の底へと堕ちていった。

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