激突
「そういえば、まだ名を言ってなかったな。俺はフォルセウス。短い付き合いになるが、よろしくな」
男はふてぶてしく名乗った。
それが事実上の勝利宣言と知り、アルジャーノも応酬する。
「僕はアルジャーノ。聖堂会の名誉にかけて、その鼻っ柱をへし折ってあげるよ。覚悟するんだね」
「期待してるぜ、聖堂会の犬」
フォルセウスは右掌を上に向け、攻撃してこいと手招きした。次の瞬間、アルジャーノは地面を蹴り、一気に距離を詰めた。アレスとの戦い同様、完成された蹴りを繰り出し、自分のペースを構築しようと努める。対するフォルセウスは細かく軽やかなステップを踏み、反撃の素振りも見せず、涼しい顔で攻撃を避け続ける。
「避けるのは上手いようだね。でも、それじゃ僕には勝てないよ」
「フッ、この程度の蹴り、俺には止まって見える」
「それじゃこれはどうかな」
アルジャーノは長椅子の背もたれを蹴って跳躍し、回転力の強い回し蹴りを放った。
「くだらん」
フォルセウスは左腕でガードし、難なく攻撃を防いだ――はずだった。次の瞬間、アルジャーノは踵を鋭く振り下ろし、肩口を強襲した。そして素早くその場で後方回転し、片膝を突いてわずかに前傾姿勢になったフォルセウスの顎を、最初にガードされた右足で思い切り蹴り上げた。フォルセウスは後方に大きく仰け反り、アルジャーノは勢いそのままに後方宙返りをして見事に着地を決めた。
「小賢しい真似を……」
したり顔でこちらを見ているアルジャーノを、フォルセウスは痛みに歪む顔で睨みつけた。
〈今のはなんだ。何が起こった〉
動きを見失ったアレスは、思念通話でロアに話し掛けた。
〈右足による回転蹴り――すなわち横の攻撃が防がれたと見るや、回転の軸足である左足を高く振り上げ、全身のバネを活かして縦方向からの攻撃を展開。すかさず素早く体勢を整えて右足で顎を蹴り上げたのだ〉
〈あの一瞬でそんなことができるのか……〉
〈事実、あの小僧はやってのけた。人間離れした身体能力だというしかあるまい〉
〈なんて奴だ……〉
一度実際に対してみて、アルジャーノが並みの使い手でないことをアレスは承知していたが、一見無謀な連携攻撃を見事に決めてしまう柔軟性とバランス感覚に改めて感心せずにはいられなかった。
「僕の足技は変幻自在。どんな体勢からでも攻撃可能なんだよ」
「今のは正直驚いた。だが、遊びはここまでだ。全力でかかってこい。さもないと、一瞬で死ぬぞ」
フォルセウスはこれまでの飄々とした態度を一変させ、初めて見た時と同じ薄気味悪さが漂う凍てついた表情になった。
(いよいよ本気か……)
アレスは思わず身震いした。
「それはこっちの台詞だよ。今度はきっちり仕留めるからね」
そう宣言し、アルジャーノは攻撃を再開した。間合いを詰めての蹴りというスタイルは変わらないが、その速度は目に見えて上がっている。
「ほぉ、なかなかの速さだ」
フォルセウスは全く避けようとせず、蹴りの一発一発をしっかりと目で追いながら確実に手で払い落としていく。そして何十発かの蹴りを払った後、顔面へと蹴りだされた右足首をいとも容易く掴んだ。その握力は尋常ではなく、足に力を入れて逃れようとするアルジャーノの抵抗を許さない。
「どうした。まさかこの程度じゃねぇだろうな」
「まだだ!!」
アルジャーノは掴まれた足を軸に体を捻り、後頭部を狙った蹴りを放った。それを読んでいたフォルセウスは左腕でガードし、苦し紛れの一撃を完全に阻止した。
「話にならんな。弱すぎる」
失望の色を含んだ呟きの直後、アルジャーノの体は弧を描き、長椅子に激しく叩きつけられた。背もたれが背中に直撃し、激痛が全身を駆け巡る。
「アル君!」
「……だ、だいじょうぶです……イセリナ様……」
苦痛に顔を歪めながらアルジャーノが体を起こそうとすると、フォルセウスはもう一度同じ動きで長椅子に叩きつけ、その後は壊れた機械仕掛けの玩具のように、狂ったように一連の動作を繰り返す。アルジャーノは背中だけでなく、顔面や腹部、後頭部も強打し、すでに気を失っていた。それでも手を休めず、徹底的に痛めつける。
「もうやめてください! アル君が死んでしまいます!!」
「勝負を挑んできたのはこいつだ。殺されたって文句は言えねぇよなぁ!!」
フォルセウスはイセリナに見せつけるようにアルジャーノの体を持ち上げた。血を流しながら逆さ吊りにされた姿が痛々しく、イセリナは思わず目を逸らす。
「おいおい、最期の瞬間ぐらいしっかり見てやれよ。ハハハハハッ!!!」
狂気染みた笑い声を発し、フォルセウスは血に塗れた右腕を構えた。
「もうやめてっ!!!!」
ケフィは堪らず叫んだ。悲痛な声は聖堂内に木霊する。
「何度聞いてもいい声だ。こいつが死んだらもっといい声を聞かせてくれるのかと思うとゾクゾクするねぇ」
「この人でなし!!」
ケフィは抑えきれない怒りをぶつけた。いかにアルジャーノが気に入らない人物とはいえ、目の前でみすみす死なせるわけにはいかない。事ここに至っては、傍観者の衣を脱ぎ捨てて戦うしかないと決意し、胸のネックレスを握り締めて囁くような声で呪文らしき言葉を唱え始めた。