選択
「だ、誰か、早くここを開けてください!!」
扉の向こうから、助けを求める男の声が聞こえる。悲痛な叫びの主は、懸命に扉を叩き、生への執着を見せていた。
「聞こえますか! すぐに開けますから、もう少しだけ頑張ってください!」
イセリナは大声で励ますと、ポケットから鍵の束を取り出し、慣れた手つきで鍵を選んだ。それを鍵穴に差し込み、急いで扉を開けようとすると、アレスがその手を掴んだ。
「待て、開けるな」
「どういうつもりですか。手を放してください」
「逸る気持ちはわかるが、声の主が信者だという確信はあるのか?」
「何を言うのです。助けを求めているんですよ。そうに決まっているじゃありませんか!」
イセリナは手を振り解こうとするが、アレスは彼女の手を一層強く握り、扉の開放を阻止する。
「放してください!!」
感情に支配され、冷静さを失っているイセリナは、左手でアレスの頬を力一杯叩いた。それでもアレスは手を放さない。
「言い方を変えよう。あんたは声の主が侵入者だという可能性を考えないのか? ここを開けさせることが目的だとは思わないのか?」
アレスが投げかけた言葉に動揺し、イセリナは暴れるのをやめた。アレスは手を放し、その視線を扉に向けた。
「いいか。この地下支部への出入り口にあった鉄の扉は、優に十センチの厚みがある。おそらくは建物全体、この扉も同様のはずだ。だとすれば、生半可な攻撃ではびくともしないだろう。侵入者はそれを知った上で信者になりすまし、あるいは信者を脅して助けを求めさせ、ここを開けさせようとしているのだと俺は思う。つまり、ここを開けることはやめ、教会の外から中に入るほうが賢明だということだ」
「……たしかに、その可能性はあります。声だけでは判別できませんし、信者の方を利用することは最も有効な手段でしょう。ですが……」
イセリナは恨めしそうに扉を見つめた。助けを求める声はなおも続き、彼女の胸を激しく締め付ける。
「ご心配には及びません、イセリナ様。仮にそいつの言うとおりだとしても、ここには僕がいます。イセリナ様も信者の方々も必ず守ってみせます」
アレスを睨みつけながら、アルジャーノは堂々と言い放った。
「大した自信だな」
「少なくとも、君より頼りになることは証明済みだからね」
「だといいがな……」
吐き捨てるようなアレスの言葉を単なる妬みだと思い、アルジャーノは軽く聞き流した。だが、アレスは彼の体術の実力を素直に認めていた。ただ、実力を認めてはいても、信頼をおける強さではないと感じていた。それはきっと手合わせした者にしかわからない感覚的なもので、本人も気付かない類のものに違いない。だからこそ、アレスは彼の慢心とも思える強い自信に危うさを感じていたのである。
「迷うことはありません、イセリナ様。早く扉をお開けください。この扉の向こうで助けを待っている信者の方々のために」
最後に付け加えられた一言で決断し、イセリナは鍵を回した。重々しく扉が開き、空間が一つに繋がった瞬間、彼女の視界に飛び込んできたのは、左手で軽々と信者の首を持ち上げ、その心臓を右手刀で貫いた細身の男の姿だった。