急変
急に外が慌しくなり、会議室の前を忙しなく人が走り抜けていく。
何の前触れもなく現れた女性職員は、話ができる状態になるまで息を整えると、背筋を伸ばし、イセリナと対面した。
「大丈夫ですか? 随分急いできたようですが……」
「私のことなどおきになさらずに。それよりも一大事です、イセリナ様。不審な男が聖堂に現れ、信者の方々を次々と襲っています」
「なんですって!」
イセリナは血相を変えて立ち上がった。
「それで、被害は?」
「詳細はわかりません。かろうじて外に逃げてきた信者の方から聞いた話ということですので……」
女性職員は申し訳なさそうに答えた。
できればもう少し具体的な報告が欲しかったとイセリナは思ったが、そこまで要求するのは酷な話だと思い直し、急いで報告してくれたことを素直に感謝した。
「報告ありがとう。聖堂へは私たちが直接向かいます。他の職員には、聖堂周辺を包囲し、男を逃がさぬよう、至急通達してください」
「わかりました。どうぞお気をつけて」
女性職員が部屋を出たのを皮切りに、アレスが口を開く。
「まさか、もう嗅ぎつけられたのか?」
全員の視線がケフィに集中する。彼女自身、アレスの言葉を理解したのだろう。表情は暗く沈んでいる。
「事の詳細はわかりませんが、私とアル君は聖堂に向かいます。アレスさんたちはどうぞお帰りください」
「いや、俺たちも行く」
アレスが声を上げると、ケフィも頷いた。その反応に驚いたイセリナは、考えを改めさせようと説得を試みる。
「これは聖堂会の問題であって、あなたたちには係わりのないことです。おとなしく帰っていただけませんか?」
「あんたの気持ちはありがたいが、それはできない相談だ。もし狙いがケフィだとしたら、俺たちも無関係じゃない。その可能性が完全に否定されない限り、俺たちにも同行の権利はあるはずだ」
「ならば、なおのこと、急いでここを離れるべきではありませんか?」
イセリナが再度退去を提案すると、アレスの表情が急に緊張を帯び、鋭く冷たい目が彼女に向けられた。
「ことさらに退去させたがっているのは、ケフィを人身御供にするためか?」
「そ、そんなつもりでは……」
愕然としたイセリナは、動揺して言葉が続かない。
心にもないことを言ってまで追い詰める手法の是非はともかく、彼女に対しては大きな効果があると、アレスは確信していた。事実、アレスの辛辣な抗議は、見事なまでにイセリナの反論を封じた。
〈やるではないか〉
イセリナが部屋に現れて以来、ずっと沈黙を守っていたロアが静かに称賛した。
〈さっさと話を終わらせるためだ。本心じゃない〉
〈理由などどうでもよい。少しばかり、貴様を見直したぞ〉
〈こんなことで感心されても困る。まるで俺が非道だと言われているみたいじゃないか〉
迷惑な称賛に戸惑いながら、アレスは攻勢の手を緩めない。
「とにかく、ここで議論する暇があったら、さっさと聖堂へ行くべきだ。あんたの大事な信者たちのためにもな」
一向に引き下がる様子のないアレスを相手にこれ以上の説得は時間の無駄だと判断し、イセリナは大きく息をついて苦笑いした。
「まったく、あなたという人は……帰っていいと言っているのに、自分から面倒事に首を突っ込みたがるなんて……」
「こういう性分なんでな。すまないが諦めてくれ」
アレスは無邪気な子供のような笑みを浮かべた。
「仕方ありません。お二人とも、私についてきてください」
部屋を出たアレスたちは、イセリナを先頭にして聖堂を目指す。通路を疾駆し、階段を駆け上ると、頑丈な鉄の扉が行く手を阻む。その向こうにあるのは、敬虔な信者たちがエルミラに祈りを捧げる神聖な場所――聖堂だ。