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CAPRICE -カプリース-  作者: 陽気な物書き
第一部 サリスティア王国編 ~序章 英雄の死~
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処刑執行

 サリスティア王国、王都エルダーブレイズ。


 豊富な水量に湛えられた円形噴水と鮮やかな緑の絨毯に彩られた王宮前広場は、異様とも思える殺伐とした熱気に包まれていた。


 熱気の原因――特別に設けられた処刑場の周辺には、警備兵が半円状に幾重にも配備され、殺到する見物人を抑え込んでいる。


 処刑場には断頭台が用意され、その調整を終えた死刑執行官が両手斧を持ち、静かに出番を待っている。


 程なくして、二名の騎士に脇を固められた男が処刑台に姿を現した。


 男の名は、ルヴァロフ=フォウルバルト。生来の強面な上に左目が潰れており、無用な警戒心を喚起させるに足る風貌をしている。


 悪魔召喚師である彼は、己が知識と術を駆使し、国政、国防の諸事にあまねく貢献してきた。また宮廷召喚師という要職にあり、研究、後進の育成と多忙を極める中、僅かな暇を見つけては町に赴き、惜しみなく能力を活かして多くの国民を助けてきた。


 ゆえに彼を英雄氏する多くの国民は、突然降って湧いた公開処刑の話に驚倒し、その様子を一目見ようと広場に殺到したのだった。


 手械に猿轡までされたルヴァロフは、随行した騎士により断頭台に首を固定され、その命運は死刑執行官の手に委ねられた。


 広場に面する王宮三階のバルコニーには、国王ラドニス、宰相ノーラ、近衛騎士団長レイティス、そしてルヴァロフの三人の弟子――アルテイラ、ヴィラート、リエリが姿を現し、処刑が不可避のものであることを群衆に強く印象づけた。


「陛下、今一度ご再考いただけませんか?」


 ラドニスの背後で片膝を突き、リエリは師の助命を請いた。露出の多い赤いレザースーツを好んで纏い、普段は無邪気な笑顔に満ちる彼女の童顔は、今はただ愁いに沈んでいる。


「ならん。これはルヴァロフ本人が望んだこと。卿もその弟子ならば、師の潔さを受け入れよ!」


 じっと広場を見据えたまま、ラドニスは素気なく撥ねつけた。


「ですが、私にはいまだに信じられません。我が師が売国奴であるなど――」


「見苦しいぞ、リエリ」


 懸命に食い下がるリエリを一喝したのは、アルテイラであった。細身で色白、その上表情の起伏を表に出さない、なんとも不気味な人物である。この時も表情一つ変えず、淡々とリエリを説き伏せようとしていた。


「我が師なれど、大罪を犯したことは動かぬ事実。私も遺憾ではあるが、誰にも時を戻すことはできぬ。事ここに至っては、その最期を見届けることが我ら弟子としての務めではないのか?」


 冷徹な兄弟子の言葉は反論を許さず、リエリは精気の失せた声で「はい」と答えるしかなかった。


「失礼いたしました、陛下」


 リエリに代わり、アルテイラは恭しく頭を下げた。これに対し、「よい」と一言だけ返すと、ラドニスは隣に控えるノーラに目で合図を送った。


 彼女はサリスティア初の女性宰相で、美人には違いないのだが、世間一般に言う美しさとは何かが違う。普段は身持ちのよい男性であっても、彼女の妖艶な微笑みを向けられると、不埒な錯覚を覚えて前後不覚に陥りそうな、そんな魔性とも言うべき印象が、彼女にはある。


 この時を一日千秋の思いで待っていたノーラは、喜びに打ち震える我が身を律し、バルコニーの最前列に立った。


「これより、宮廷召喚師ルヴァロフ=フォウルバルトの公開処刑を行います」


 澄んだ声で高らかに宣言がなされると、それまでざわめいていた群衆は一斉に口を閉ざし、広場は張り詰めた空気に包まれた。彼らの視線は、例外なく処刑台に集中している。


(やはり勝ったのは私でしたね。さようなら、忌々しき悪魔召喚師……)


 自然と浮かんだ笑みを隠しもせず、ノーラは細くしなやかな右腕を大きく振り上げ、数秒後、静かに振り下ろした。


 処刑執行の合図を確認した死刑執行官は、頭上高く構えた両手斧を振り下ろし、巨大な刃を支える頼りない縄を切断した。


 重力に逆らう術を失った刃は、降り注ぐ陽光を乱反射させながら、自由を失った英雄に襲い掛かった。首を構成する――皮膚、肉、血管、神経、骨は一瞬にして切断され、英雄の頭部は長年連れ添った胴体と決別した。


 それは、数万の兵にも匹敵すると言われた稀代の悪魔召喚師がこの世を去った瞬間であった。


 罵声、怒号、嗚咽、悲鳴――様々な群衆の反応は、どれも処罰に対する批判的な感情を象徴していた。


 無論、群集の反応は想定内である。だが、直ちに宥める必要があると感じたレイティスは、主君の名を利用して事態の鎮静化を図る。


「静まれ! ラドニス陛下のお言葉であるぞ!」


 誇り高く威厳に満ちた声は、一瞬にして群衆の動揺を鎮め、広場に静寂をもたらした。


 レイティスは王宮の警備を担う近衛騎士団の団長で、齢三十にして貫禄すら漂う生粋の武人である。剣の腕は大陸屈指と噂される中、左頬にある大きな一筋の傷への関心が高い。だが、誰に聞かれても口を開かず、国王ラドニスでさえもその傷に関する一切を知り得ていないのが実情である。


 聡明な彼の思惑を察したラドニスは、大きく手を広げ、群衆に語りかける。


「突然のことで皆も混乱しておると思うが、今回の処刑は、ルヴァロフが他国の者と内通し、この国を売り渡そうとしていた事実が発覚したことによるものである。罪の重大さから極刑は当然であるが、彼にはこれまでに積み重ねた多大な功績がある。余はそれを考慮し、極刑だけは回避しようとしたが、本人がそれを固辞したため、今日このような事態に至ったことをここに明言する。余はせめてもの温情として、彼の家族・親類・友人には一切の罪は及ばないものとし、罪は彼個人にのみ帰するものとする。また今回に限らず、いかに大きな功績があろうとも、国益を損なう背信行為を働いた輩には、等しく厳罰を与えることを、余は改めてここに宣言する!」


 朗々と力強い演説は、ルヴァロフの死を悼む群衆の心に強く響いた。


 処刑は本意ではなく、減刑を提示した。だが、最後まで本人が極刑を望み、断腸の思いで刑を執行した――その事実を丁寧に説明し、ラドニスは群衆の怒りの矛先を不明瞭にすることに成功したのである。


 群衆の混乱に乗じ、ノーラの美声が続く。


「皆さん、かつての英雄は黄泉の国へと旅立ちました。このような最期となったことは悔やまれる限りですが、いつまでも悲しみに浸っているわけにはいきません。彼の死を乗り越え、これまで以上に団結し、新しき陛下と共にこの国の発展のために頑張ろうではありませんか! ラドニス陛下万歳! セレスティアに永久の繁栄を!」


 力強く華やかな音楽を奏でるような宰相の言葉は、見事に群衆の心を奮い立たせた。


「ラドニス陛下万歳! セレスティアに永久の繁栄を!」


 自然と湧き上がったシュプレヒコールが広場に木霊し、群衆の熱気は最高潮に達した。

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