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病弱設定の妹に婚約者が惚れ込んでいる

「シーナ。悪いが、アイシャのもとへ行かせてくれ」


 私の婚約者であるイダムズ様が、いつものようにそんなことを言った。彼は私の実家——ウィルキンス公爵邸へ訪れる度に、邸宅の離れに住む妹——アイシャのもとへ行く。


 彼はアスター伯爵家の嫡男である。どんな家の生まれなのかと言うと、簡単に言えば没落貴族である。


 昔は商会ギルドの運営をしていたが、イダムズ様の父親の不祥事が露呈したことにより、信用を失って破産。どうやら反社会勢力にお金を渡していたのがバレたらしい。


 だけど、私の家は国家を跨いであらゆる場所と取引をして財を成した名家であった。だから彼は嫡男という身でありながら、わざわざこちらへ何度も出向いてどうにか婚約を取り付け、婿に入る形で逆転を狙っている思惑があった……はずなのに。


「——イダムズ様。どうも、随分とアイシャに惚れ込んでいるようですね。そんなに、彼女の儚さが気に入りましたか?」


 彼は歩みを止めて、こちらへ振り返って怒鳴る。


「お前……! 病に伏しているアイシャになんてことを言うんだ!」


「病に伏している……ですか」


 私の妹であるアイシャは、病に伏している。と、自称している。


 彼女は生まれた時から健康優良児ではあったのだが、いつからか自分が大病を患っていると嘘をつくようになった。


 それも……あたかも私が原因だとでも言うように。


「アイシャが歩けなくなったのは、お前が階段から突き飛ばしたからだろ! それからもずっと彼女をいじめて、さらに塞ぎ込んでしまって!」


 そう、彼女は歩けない。と、自称している。


 階段から突き飛ばしたなんて記憶は微塵もない。なんなら、私が突き飛ばされた記憶はある。全治三ヶ月ほどだったか。


「私が突き飛ばされた、であれば記憶にあるんですけどね。あまりあの子のことを信用しない方がいいですよ。彼女を邸宅の離れに住まわせているのも理由が——」


 言いかけた瞬間、イダムズ様がぐっと拳を構える。


「——殴るんですか? 婚約者であり、この家の人間でもある私の忠告を無視した上で」


 それはもう、大層立派な心意気だ。私ではなく、愛する私の妹アイシャの無念を晴らすために殴ろうとしているんだ。物語であれば感動的なシーンになっているだろう。


「っ……お前は悪人だ! 実の妹であるアイシャをここまで愚弄して!」


「愚弄? まあ、それならこちらも構いません。これからも、あの子のことを大切にしてあげてください。私はあなたから身を引かせていただきます」


 私が言うと、イダムズ様は拳を引っ込めてどこか嬉しそうな表情をする。


「そ、そうか! それならこっちも都合がいい!」


 と言いながら、イダムズ様はアイシャのもとへと走って行った。


 残された私は、ふうと息を吐く。


「あの子の思惑なんて、こちら側はもう分かっているというのに。昔から成長しませんね、私の妹は」


 だが、正確に言えば妹ではなく『異母妹』である。それも、お父様が侍女との間に成した庶子でもあった。


 そのため、彼女は私のことが随分嫌いなようで、何度も私の立場を失墜させるために欺こうとしてきた。私は本当の妹のように接してきたが、階段から突き飛ばされるし、嘘の悪評を流されたりと散々な目にあってきた。


 挙げ句、大病を患っていると自称し始めた。


 激怒したお父様はアイシャを離れに追い出して反省させていたわけなのだけれど、まさかイダムズ様に言い寄るだなんて。


 お父様は彼女が庶子であることをあまり他言しなかったため、イダムズ様は知らないのだろう。


 ひとまず、お父様に婚約解消とその経緯を説明しておこう。イダムズ様とアイシャについては、追って結論が出るだろうし。


 ああ……でも。


「伝えた方がよかったかしら。あの子と結婚しても、この家は継げないって」

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