嫁のメシが不味い。
嫁のメシが不味い。
きちんと整理された台所。
たくさんの調味料が並んでいる。
大きな冷蔵庫には、新鮮な食材ばかり。
見るのか面倒になるほど、事細かに書かれているレシピを見ていて、どうしてこんなものができるのか。
嫁は変なところで面倒くさがって、変わったやつだった。
リビングやトイレ、共用の場所は新築のように綺麗にするくせに、自分のスペースはいつも散らかりっぱなしだった。
「片付けないのか。」と聞けば、
「面倒臭い〜。」と笑って、
「リビングはいつも片付けてるのに、」と言えば、
「貴方が散らかレたところに片付けれるの。」と言って、
変なやつだと言えば、貴方も大概よと今度は声をあげてケラケラと笑う。
毎日俺の弁当を作ってくれるくせに、自分はコンビニのパンを食べる。
不健康だと怒れば、
「じゃあ貴方のは私が作るから、私のは貴方が作って。」と笑う。
「とんでもなく不味いのに食べられるか、」というと、またケラケラと笑う。
いつも調子を崩されて、いつも不機嫌になる俺のことを嬉しそうに笑って、本当におかしなやつだ。
俺の言うことを聞いたことがない、本当にどうしょうもないやつだ。
言ったじゃないか。
ちゃんと自分の部屋を片付けて、何かどこにあるかわかるようにしておけと。
ちゃんとしたものを食って、しっかり体力をつけろと。
いつも笑って誤魔化して。
だから、言ったじゃないか。
今年の春のことだった。
明日が結婚記念日で、普段はしたがらない化粧をしようとしたらしい。
その練習をしよう、と言った。
いつものように散らかった化粧台でお気に入りだという口紅を探していた。
なかったらしい。
きっと散らかしてどこかにやったのだろう。
薬局にも売ってるようなものだから買いに行くと言い出した。
春になって暖かくなったからと言っても、まだまだ肌寒い日だった。
車を出すと言っても、すぐ近くだからと言って聞かなかった。
体の弱いやつだった。
せっかく予約した高いディナーを無駄にしたくないし、風邪を引かれたら困る。
いつもうるさいやつだ。
また、調子が狂うだろ。
少し暑い、というほど厚手の上着を着させた。
ついていくと言う俺を置いて、すぐ帰ってくると笑って出て行った。
明日のディナーはなくなった。
薬局の帰り、小さな子供が道路に飛び出したらしい。
車がその子供に近付いていった。
あいつは子供が大好きだった。
居ても立っても居られなくなって、子供のあとを追って、自分も飛び出したのだ。
足は遅いくせに、
体力なんかないくせに、
体が弱いくせに、
小さな体で子供に精一杯体当たりして、自分が車に轢かれた。
轢かれて、死んだ。
子供は道を歩いていた人に運良く抱かれて、擦り傷で済んだらしい。
前日だ。
結婚記念日は明日だった。
君が前から食べたがっていたディナーだった。
キャンセル料も払わなくちゃいけなくなった。
せっかくずっと前から用意していた、君に似合いそうなネックレス。
つける人がいなくなった。
楽しみにしてたのは、君だけじゃない。
明日のディナーも、腹がいっぱいになるまで食べて、
こんなプレゼントで君を驚かせて、
出会った日、付き合った日、結婚した日、
いろんな思い出話に花を咲かせて、
この先もずっと普通の、日常が繰り返されると思っていた。
俺はせっかちだ。
よく君にも言われたっけ。
早く君の元へ行けたら。
君に怒られてしまいそうなことを考えながら、遺品を整理していた。
もう結婚記念日から数ヶ月の時が過ぎていた。
それでも君が使っていたすべてを、見る度に苦しくなっていた。
すべてしまって、逃げるように隠した。
ずっと散らかっていたものも埃を被っていた。
思い返すと、君がいた頃は埃なんて少しもなかったっけ。
散らかしてはいたけど、ちゃんと使っていたのか。
ようやく、化粧台の上が片付いて、引き出しを開けてみた。
その瞬間、懐かしい文字が見えた。
古めかしいデザインの、なんだか落ち着く大学ノート。
タイトルの場所には、日記と油性ペンで書かれた上から、ボールペンで二重線が引かれていた。
どんなことを書いていたのか、少し怖いもの見たさのような感情でノートを開いてしまった。
そこにはびっしりと、君には似合わない達筆な文字が載っていた。
少しばかり下手な挿絵は、君って感じがする。
よく見るとそれは、君がよく作ってくれたメシのレシピだった。
しかし、1ページ1ページにはたくさん文字が書かれているのに、結局10ページもあったかどうかで終わっていた。
そんなところも、本当に君らしいな。
ようやく笑えて、ふと思い立った。
“君のメシが食べたい”
こんなふうにレシピを書き残していてくれたんだ。
どうなるかわかったものじゃないが、作ってみたい。
遺品整理を投げ出して、スーパーに急いだ。
1ページ目にあったハンバーグを作ってみることにした。
レシピに書いてある食材を買ってきて、キッチンに立った。
一文字一文字、丁寧にみて作った。
やっとの思いで完成させて、食べてみた。
不味い。
やっぱりだ。
俺が作ると不味くなる。
君はいつも美味いメシを作った。
しかし君が体調を崩すと、俺が作らなくちゃいけなくなる。
いつかに君におかゆを作ってみた。
ネットで見たレシピには、愛情が1番の隠し味だと書いてあったので、君の好きなお菓子や調味料を入れてみた。
少しでも元気になってくれればと思った。
今考えれば味見をすれば良かったと思う。
上手くできたと思って、子どもが親に100点のテストを見せに行くのと同じように、君に真っ直ぐ持って行った。
不得意な料理をして、作ったおかゆを君に食べさせた。
君は本当に嘘が下手で、苦笑いをしながら美味しいと言ってくれた。
もう食べなくていいと、少し不機嫌に言ってしまう俺を、君は笑って言ってくれた。
「私のよりずぅっと、美味しいよ。」
そんな気遣い嬉しくないと言ってしまう俺を、今度は大きな声でケラケラと笑った。
嫁のメシが不味い。
嫁のレシピで作ったメシが不味い。
俺が作ると不味くなる。
だから、
また君が作ってくれないか。
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嫁のメシが不味い。




