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【第39話】バックドア・ブレイカー


 編集室はこぶねの外壁が、ミシミシと嫌な音を立てて軋んでいる。

 

 フィリスが報告した「真っ黒な壁」は、もはや目視できる距離まで迫っていた。それは物質的な壁ではなく、空間そのものが演算を停止し、虚無へと上書きされていく事象の地平線だ。

 

「レイ、魔力が安定しないわ! この建物の基礎データが、外側に引きずられて剥がれ始めている!」

 

 ミラが叫びながら、空中に浮かぶ制御パネルを必死に支える。パネルからは火花が散り、映し出された幾何学模様がノイズで激しく歪んでいた。

 

『警告。拠点外縁部のセクタ01から09までが消失。物理的崩壊まで残り120秒。直人様、この「編集室はこぶね」そのものを移動要塞として定義し直してください』

 

「……わかってる。予定より三分早い。管理者は、このセクターごと物理削除するつもりだ。だが、ここを消される訳にはいかない!。……編集室はこぶね自体を『弾丸』にするんだ」

 

 レイはオペレーション・シートに深く沈み込んだ。右足の結晶体が床の端子と激しく火花を散らし、銀色の光が部屋中の壁を駆け巡る。

 

「ガルド、その盾を構えて部屋の『正面』に立て! ライオネル、エレナ、衝撃に備えろ! ARIA、全リソースを一点に集約しろ。……中枢への『穴』を、この箱舟(編集室)ごとぶち抜くぞ!」

 

『了解。拠点構造を「突撃型」へ再定義リシェイプ。全エネルギーをフロント・バッファに転送。座標指定、システム・カーネル直下。……カウントダウン、開始です』

 

 レイがオーバーライト・ペンをメイン・モニターの中央へ突き立てた瞬間、編集室全体が爆発的な震動に見舞われた。壁が、床が、天井が、一瞬にして数千枚の「板状のデータ」へと分解され、ガルドの構える盾の背後に集約されていく。それは拠点としての形を捨て、空間を切り裂くための「槍」へと変貌するプロセスだった。

 

「……経路検索開始! 対象、システム・カーネル! ファイアウォールを物理的にぶち抜く!」

 

『ブースト最大出力! バックドア、こじ開けます! ……衝撃が来ます!』

 

 全員を乗せた編集室はこぶねは、迫りくる黒い壁に接触する寸前、白光の裂け目へと突っ込んだ。視界が真っ白に染まり、強烈な加速Gが全員を襲う。

 

「あ……あああああぁぁっ!」

 

 フィリスの悲鳴が、加速する光の中に溶けていく。数秒、あるいは数時間。時間の概念がいねんすら書き換えられたトンネルを抜け、彼らが辿り着いたのは、異様な光景だった。

 

 そこは、果てしなく続く「鏡の回廊」だった。

 

 上下左右、どこを見渡してもクリスタルのような多面体が浮遊し、その一面一面に、これまでの世界の歴史が、監視カメラの映像のように映し出されていた。

 

「……ここは……?」

 

 エレナが息を呑み、透き通った床を見つめる。そこには、消滅したはずのヴィンセントの賑わいが静止画として保存されていた。

 

『ここはシステム中枢の待機領域キャッシュ・メモリです。削除されたデータが抹消される前のストック場所……世界の「ゴミ箱」の直前ですね。直人様、エージェント・プログラムの接近を確認。防衛戦デバッグの開始です』

 

 回廊の奥から無数の「光の粒」が集結し始めた。全身を白金の甲冑で包んだ、顔のない騎士。その数は十二。

 

「[ 侵入者を検知 ] [ 権限:拒否 ] [ 処理:即時抹消 ]」

 

「……ちっ、セキュリティソフトの更新が早えんだよ。ガルド! その盾で受けろ! ARIA、敵ユニットの行動ルーチンを解析してライオネルたちに共有しろ!」

 

『了解。ケルビム級エージェント、攻撃パターンを予測。ライオネル様、左45度、時間差で三連撃が来ます!』

 

「わかってらぁ! ……こいよ、デクの坊ども!」

 

 ガルドが黒い盾を構え、最前線で激しい火花を散らす。ミラの魔法とARIAの予測、そしてレイの指示が噛み合い、エージェントを撃破していく。しかし、倒された一体が消えるのと同時に、残りの身体に、より強固な装甲が「アップデート」として付与されるのが見えた。

 

(……ダメだ。倒せば倒すほど、管理者の演算リソースが最適化されていく……!)

 

「持久戦はボツだ。……一気に中枢の心臓部へ突っ込むぞ。ARIA、管理者権限の偽装を開始しろ!」

 

『了解。プロトコル「トロイの木馬」を実行。直人様の生体ログをウイルスとして定義します。……痛みますよ、直人様の「存在」を毒に変えるのですから』

 

「……構わねえ! 管理者権限、一時奪取。……セッション、ハイジャック開始!」

 

 レイの身体から、黒いノイズが奔流ほんりゅうとなって溢れ出し、回廊の鏡面を黒く塗り潰していく。

 

「レイ!? あなたの身体が、真っ黒に……!」

 

 エレナが悲鳴を上げる。レイの左半身はもはや人の形を留めていなかった。溢れ出したノイズが触手のように蠢き、周囲のエージェントを汚染していく。

 

『システムエラー率、上昇。管理者の視覚をジャックしました。……見えました、直人様。あれが管理者のコア……「記述ルートの(・)源泉ディレクトリ」です』

 

 回廊の突き当たり、虚空に浮かぶ巨大な水晶体。そこには、世界のすべてのパラメータと「終わり」の時間が刻まれている。

 

「[ 警告 ] [ 致命的なバグを検出 ] [ 全リソースを排除に投入 ]」

 

『コアからの強制排除命令デリート・コマンドが来ます! ガルド様、最大防御を!』

 

「……任せとけ! オレの魂が消えるのが先か、お前が書き換えるのが先か……競争だ!」

 

 ガルドが吠え、銀色に光る全身の回路を爆発させた。絶体絶命の爆風の中、レイは崩壊しかけたペンをコアへと突き出した。

 

「……さあ、最終編集の時間だ。管理者様」

 

『全書き込み権限、強制取得。フォース・オーバーライド!……行ってください、直人様!』


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