表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記録係の異世界転生クロニクル  作者: 阿門 甲斐吽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/42

【第29話】忘却の残響


 朝日(あさひ)がライオネルの実家(じっか)、その(にわ)(すみ)()(はな)れの石床(いしどこ)(つめ)たく()らしていた。

 

 (まど)から()()(ひかり)は、浮遊(ふゆう)する(ほこり)(つぶ)(しろ)(かがや)かせている。


 しかし、その(ひかり)()らすべき場所(ばしょ)には、もう(だれ)もいなかった。


 (さき)ほどまでそこに(すわ)り、ベッドを(きし)ませていたはずの巨躯(きょく)も、(かれ)愛用(あいよう)していた大盾(おおたて)()てかけられていた(かべ)傷跡(きずあと)も、すべてが「最初(さいしょ)から存在(そんざい)しなかった」かのように(なめ)らかに()(つぶ)されている。

 

 世界(せかい)がガルドという個体(こたい)削除(さくじょ)したことで(しょう)じた、完璧(かんぺき)すぎるほどの空白(くうはく)


 それは、(たん)なる「()」よりも残酷(ざんこく)な、存在(そんざい)そのものの否定(ひてい)だった。

 

「……どうして、(なに)(おも)()せないの」

 

 エレナは、ガルドが(すわ)っていた場所(ばしょ)――(いま)はただの(から)っぽのベッド――を呆然(ぼうぜん)()つめていた。


 ()からは(なみだ)(あふ)(つづ)けているのに、その理由(りゆう)となる記憶(きおく)(こころ)深淵(しんえん)から()()げられ、霧散(むさん)していく。


 神官(しんかん)としての(せい)なる(ちから)も、慈愛(じあい)(こころ)も、(うしな)われたログを(つな)()めることはできなかった。

 

 彼女(かのじょ)にとって、(いま)(なみだ)は「理由(りゆう)のない故障(こしょう)」のようなものだ。


 (かな)しいはずなのに、(だれ)(おも)って(かな)しいのかがわからない。その矛盾(むじゅん)が、彼女(かのじょ)精神(せいしん)内側(うちがわ)から(けず)()っていく。


「エレナ、(かお)(あら)ってきなよ。……今日(きょう)はこれから、ライオネルの両親(りょうしん)挨拶(あいさつ)をして、(つぎ)(まち)()準備(じゅんび)をしなきゃいけないんだろ」

 

 レイは、自分(じぶん)(こえ)他人(たにん)のもののように無機質(むきしつ)(ひび)くのを(かん)じていた。


 網膜(もうまく)(うつ)るインターフェースには、ガルドを削除(さくじょ)して()られた莫大(ばくだい)な「()きメモリ」の数値(すうち)が、残酷(ざんこく)なほど(あざ)やかな緑色(みどりいろ)点灯(てんとう)している。


 この数字(すうじ)()えるたびに、レイの人間(にんげん)としての感情(かんじょう)は、システムの一部(いちぶ)へと()()えられていくようだった。

 

「……(つめ)たいのね、レイ。あなたは、大切(たいせつ)(なに)かが(こわ)れてしまったみたい」

 

 エレナは()()てるように()うと、ふらつく足取(あしど)りで部屋(へや)()()った。


 彼女(かのじょ)背中(せなか)見送(みおく)るレイの視界(しかい)には、彼女(かのじょ)精神(せいしん)汚染度(おせんど)「サイコ・ディストラクション」が、警戒域(けいかいいき)(しめ)黄色(きいろ)()まっているのが()えた。

 

直人(なおと)(さま)忠告(ちゅうこく)します。エレナ()精神(せいしん)状態(じょうたい)不安定(ふあんてい)です。これ以上(いじょう)情報(じょうほう)隠蔽(いんぺい)は、彼女(かのじょ)人格(じんかく)形成(けいせい)データに不可逆的(ふかぎゃくてき)損傷(そんしょう)(あた)える(おそ)れがあります。システムによる強制(きょうせい)修正(しゅうせい)(はい)(まえ)に、彼女(かのじょ)感情(かんじょう)リソースを安定(あんてい)させる必要(ひつよう)があります」

 

(わかっている、ARIA(アリア)。だが、真実(しんじつ)()えば彼女(かのじょ)()される。……管理者(かんりしゃ)(おれ)()ているんだ。あいつらにとって、(おれ)たちはただのデータ容量(ようりょう)無駄遣(むだづか)いに()ぎないんだからな。……ガルドを()したメモリで、(おれ)はエレナを(すく)方法(ほうほう)(さが)す。皮肉(ひにく)(はなし)だろ)

 

 レイは(はな)れの(まど)()けた。(にわ)ではライオネルが、早朝(そうちょう)素振(すぶ)りをしていた。


 その剣筋(けんすじ)(するど)いが、時折(ときおり)自分(じぶん)左側(ひだりがわ)(かば)うような、不自然(ふしぜん)(すき)(しょう)じている。


 本来(ほんらい)そこには、大盾(おおたて)(かま)えたガルドがいたはずなのだ。


 肉体(にくたい)(おぼ)えていても、(のう)がその理由(りゆう)拒絶(きょぜつ)している。


 ライオネルは困惑(こんわく)したように自分(じぶん)左手(ひだりて)()つめ、(くび)(かし)げていた。

 

記録(きろく)……。そうだ、(おれ)のスキルなら、()されたあいつの破片(はへん)()つけ()せるはずだ。世界(せかい)がどれだけ上書(うわが)きしようとしても、処理(しょり)隙間(すきま)(のこ)ったキャッシュまでは()しきれないはずだ)

 

 レイは、指先(ゆびさき)空中(くうちゅう)(すべ)らせた。


 通常(つうじょう)のインターフェースのさらに(おく)、システムの根幹(こんかん)領域(りょういき)ルート・ディレクトリへの強制(きょうせい)アクセス。


 ガルド・バランという人間(にんげん)が、この世界(せかい)呼吸(こきゅう)し、(わら)い、(どろ)にまみれて(たたか)ったという「残響(ざんきょう)」を、文字通(もじどお)(ちから)ずくで()きずり()す。

 

 視界(しかい)急速(きゅうそく)にデジタルノイズで()()くされていく。


 レイの(のう)は、人間(にんげん)許容量(きょようりょう)()えた秒間(びょうかん)(すう)テラバイトの情報(じょうほう)処理(しょり)速度(そくど)悲鳴(ひめい)()げた。


 視神経(ししんけい)()()くような(ねつ)()ち、(はな)から(あつ)()(したた)り、純白(じゅんぱく)のシーツに不気味(ぶきみ)(あか)斑点(はんてん)(つく)った。

 

検索(けんさく)開始(かいし)……。ガルド・バラン、および(かれ)関連(かんれん)するすべての未確定(みかくてい)事象(じしょう)抽出(ちゅうしゅつ)……()い!あいつのログを、(おれ)(たましい)のハードディスクに直接(ちょくせつ)()()め!」

 

 その瞬間(しゅんかん)、レイの脳裏(のうり)に、濁流(だくりゅう)のような映像(えいぞう)(なが)()んできた。

 

 酒場(さかば)(わら)いながら、安物(やすもの)のエールを()()わした(よる)熱気(ねっき)


 ドラゴンに(いど)直前(ちょくぜん)恐怖(きょうふ)(ふる)えるレイの(かた)無言(むごん)(たた)いた、あの分厚(ぶあつ)(てのひら)(おも)み。


 「(おれ)(まか)せろ、お(まえ)(まえ)だけを()ていろ」と()って、巨大(きょだい)(たて)(かま)えた(たくま)しい背中(せなか)

 

 それは、世界(せかい)が「不要(ふよう)」と(だん)じ、ゴミ(ばこ)()てた、(うつく)しくも泥臭(どろくさ)()きた(あかし)だった。


 削除(さくじょ)プロセスが進行(しんこう)するなか、レイは必死(ひっし)にその断片(だんぺん)をかき(あつ)める。


 (ひと)つでも見落(みお)とせば、ガルドという(おとこ)永遠(えいえん)虚無(きょむ)へと()える。

 

「……()つけた。これだ、これがあいつの『(しん)』だ」

 

 レイは、視界(しかい)(すみ)表示(ひょうじ)された(ちい)さな、(いま)にも()えそうな(ひかり)(つぶ)(つか)()った。


 それはガルドの(たましい)そのものではない。


 だが、(かれ)がこの世界(せかい)(のこ)した「影響力(えいきょうりょく)」の残滓(ざんし)――いわば、バックアップデータの最小(さいしょう)単位(たんい)だった。

 

警告(けいこく)直人(なおと)(さま)。そのデータの保持(ほじ)は、システム管理(かんり)規約(きやく)(たい)する重大(じゅうだい)違反(いはん)行為(こうい)です。管理者(かんりしゃ)検知(けんち)された場合(ばあい)直人(なおと)(さま)権限(けんげん)剥奪(はくだつ)、および強制(きょうせい)初期化(しょきか)実行(じっこう)されます。(ただ)ちに破棄(はき)推奨(すいしょう)します」

 

(かま)わない。……(おれ)がこの世界(せかい)の『(はしら)』になるって()めたんだ。あいつがいたことを、(おれ)だけは絶対(ぜったい)(わす)れない。たとえ(おれ)(のう)()()れて、記憶(きおく)回路(かいろ)がショートしたとしても、このログだけは手放(てばな)さない)

 

 レイは、その(あつ)(ひかり)断片(だんぺん)を、自分(じぶん)心臓部(しんぞうぶ)(ちか)いプライベートメモリ領域(りょういき)へと(ふう)()めた。


 (はげ)しい拒絶反応(きょぜつはんのう)全身(ぜんしん)(おそ)い、視界(しかい)白濁(はくだく)する。


 レイは(いと)()れた人形(にんぎょう)のようにベッドに(たお)()した。

 

 しばらくして、部屋(へや)(とびら)(ふたた)(ひら)いた。


 (もど)ってきたのは、(すこ)しだけ()()きを()(もど)したエレナだった。


 彼女(かのじょ)は、()(なが)して(たお)れているレイを()て、悲鳴(ひめい)()げながら()()る。


「レイ! どうしたの、その鼻血(はなぢ)……! やっぱり、無理(むり)をしていたのね!」

 

 エレナの()がレイの(ひたい)()れる。


 その(つめ)たさが心地(ここち)よかった。


 レイは(あら)呼吸(こきゅう)(ととの)えながら、彼女(かのじょ)(うで)()りてゆっくりと()()がった。


「……ああ、(すこ)計算(けいさん)をやりすぎただけだ。大丈夫(だいじょうぶ)だよ、エレナ。ほら、もう()まっただろ」

 

 レイは(うそ)()いた。


 (かれ)内側(うちがわ)では、ガルドのログとシステムの防御(ぼうぎょ)プログラムが、(いま)火花(ひばな)()らして衝突(しょうとつ)(つづ)けている。

 

 その(とき)、ふとエレナの視線(しせん)が、部屋(へや)(すみ)(ゆか)()ちていた「あるもの」に()まった。


 それは、ベッドの(あし)(かく)れるようにして、(しず)かにそこにあった。

 

 (ふる)びた、しかし丁寧(ていねい)()られた(ちい)さな木彫(きぼ)りの守護像(しゅごぞう)

 

 それはガルドが「故郷(こきょう)(まも)(がみ)だ」と()って、()(まえ)には(かなら)(みが)いていたものだった。


 削除(さくじょ)のプロセスを(まぬが)れた奇跡(きせき)か、あるいはレイの「記録(きろく)」スキルが、世界(せかい)(ことわり)をねじ()げて()()せたバグなのか。


「……これ、(だれ)の……?」

 

 エレナが(ふる)える()でそれを(ひろ)()げた。


 指先(ゆびさき)が、その彫刻(ちょうこく)(みぞ)をなぞる。

 

 その瞬間(しゅんかん)彼女(かのじょ)(ひとみ)に、かつてないほどの(はげ)しい混乱(こんらん)と、そして言葉(ことば)にできないほど切実(せつじつ)希望(きぼう)宿(やど)るのをレイは見逃(みのが)さなかった。彼女(かのじょ)記憶(きおく)(なか)にはもう「ガルド」という名前(なまえ)存在(そんざい)しない。


 けれど、この木彫(きぼ)りの守護像(しゅごぞう)()れた瞬間(しゅんかん)彼女(かのじょ)(たましい)(ふか)場所(ばしょ)が、(だれ)かの(ぬく)もりを(おも)()したかのように(ふる)えていた。


「わからない……。でも、これを()ていると、(むね)()()けられるの。レイ、(わたし)たち……(だれ)か、とっても大切(たいせつ)(ひと)を、どこかに()いてきてしまったんじゃないかしら?」

 

 エレナの()いに、レイは(こた)えることができなかった。


 (まど)(そと)では、(なに)()らない王都(おうと)住人(じゅうにん)たちが、今日(きょう)()わらぬ一日(いちにち)(はじ)めようと活気(かっき)づいている。

 

 ガルドという一人(ひとり)(おとこ)()えたことなど、広大(こうだい)世界(せかい)のデータログからすれば、砂浜(すなはま)から(すな)一粒(ひとつぶ)(うしな)った程度(ていど)変化(へんか)()ぎない。

 

 だが、レイ・クロノスという人間(にんげん)が、冷徹(れいてつ)なシステムへと()ちていくカウントダウンは、この(ちい)さな「残響(ざんきょう)」を(ひろ)()げたことで、加速(かそく)すると同時(どうじ)に、決定的(けっていてき)変質(へんしつ)()げた。

 

()ってろ、ガルド。(かなら)ず、お(まえ)()(もど)してやる。……この世界(せかい)がどれだけお(まえ)(こば)んでも、(おれ)がお(まえ)の『正解(せいかい)』を証明(しょうめい)してやる)

 

 レイは、エレナが()木彫(きぼ)りの守護像(しゅごぞう)()つめながら、(こころ)(なか)(かた)(ちか)った。

 

 

 

(だい)30()(つづ)く)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ