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【第23話】ギルドの喧騒


 王都の冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、レイを襲ったのは、いつもの活気ではなく、混乱と怒号だった。

 

「おい、どうなってんだ! さっきまで袋に入ってたはずの魔石が、空っぽになってやがる!」

「依頼の完了報告をしようとしたら、受付の台帳に俺の名前がないってどういうことだ!」

 

 カウンターではミレーヌたちが、引きつった笑みを浮かべながら必死に弁明に追われている。

 視界の端で、酒場の壁のテクスチャが数フレームごとに明滅し、不気味なノイズ模様が浮かんでは消えた。

 

「……直人様、王都全域で『整合性エラー』が連鎖しています。ルクスの強行レンダリングによって発生した負荷が、街のログを圧迫しているようです」

 

 ARIAの報告に、レイは奥歯を噛み締めた。

 

(……俺のせいだ。ルクスを取り戻すために、俺がこの街の『現実』を無理やり引きちぎった結果が、これか……)

 

 レイは、足元で申し訳なさそうに小さくなっているルクスの頭に、そっと手を置いた。


「――レイ。二階へ来い」

 

 喧騒を割って、二階のバルコニーからギルド長の低い声が響いた。

 

 ギルド長室に入ると、彼は窓の外、いまだに時折ノイズのように震える王都の空を、険しい表情で凝視していた。

 

「この街の惨状を見ろ、レイ。お前たちが森から帰還した直後から、これだ。……説明はつくか?」

 

 レイは深く、頭を下げた。

 

「……申し訳ありません。……俺が、無理を通したせいです。その歪みが、この混乱を招いたんだと思います」

 

 レイの声は震えていた。

 自分勝手な願いのせいで、無関係な人々を巻き込んでしまった。その事実が、彼の責任感を鋭く責め立てる。

 

「……罰を受ける覚悟はできています。ですが冒険者だけは続けさせてください……」

 

 ギルド長は、フッと鼻で笑い、レイを振り返った。その顔の傷が、思い出を語るように歪む。

 

「……お前に罰を与えて、お前の親父さんに何て言い訳すりゃいいんだ?」

 

 ギルド長はデスクの引き出しから、古びた、しかし大切に保管されていた一枚の登録証を取り出した。

 

「昔、俺が魔獣にやられて死にかけてた時だ。……運送屋をやってたお前の親父さんは、相手も傷を負っていたとはいえ魔獣に怯む事なく立ち向かい俺の命を救ったんだ。……自分の命を危険に晒してまで、名もなき荒くれ者だった俺に、再起のチャンスをくれたんだ」

 

 ギルド長の目が、かつての恩人を思い出すように細められる。

 

「……地道な仕事が人を繋ぐ。そう言って笑ってた親父さんの息子が、こんな『世界のバグ』を引き起こすとはな。……だが、消えかかった命を力ずくで引き戻すその無茶苦茶な強引さは、血筋かもしれん」

 

「……ギルド長……」


「話しは分かった!」


 ギルド長は、手元の書類に力強く判を押した。

 

「今回の森の調査報告は『受理』した。……それから、ルクスの再登録証だ。日付は、あの日消える前からの継続扱いに書き換えておいた。公式の台帳にそう記録される以上、それはこの世界の『絶対的な事実』だ」

 

 そこには、昨日の日付ではなく、あえて「以前から登録されていた」かのような、日付の偽装された証明書があった。

 

「これ以上の混乱は俺が揉み消してやる。……だがな、レイ。……親父さんに助けられたこの命、お前の不始末を庇うためだけに使うつもりはねぇぞ。……二度と、街をこんな目に遭わせるな。分かったか!」

 

「……はい。肝に銘じます。ありがとうございました」


 ギルドのロビーに戻ると、エレナたちが心配そうに駆け寄ってきた。

 

「レイ……。ギルド長、怒ってた? 街のこの混乱、私たちのせいだって……」

 

 エレナの不安そうな瞳を見て、レイは首を横に振った。

 

「……いや。俺たちが『やるべきこと』が増えただけだ。……ルクスを連れてきた責任、これからしっかり果たしていかないとな」

 

 レイは笑顔を作った。

 

 だが、その瞬間。

 脳の片隅で、前世で好きだった映画のタイトルが一つ、ふっと霧散して消えた。

 

(……まただ)

 

 ルクスの存在をこの世界に固定し続けるための、絶え間ない演算。その負荷コストは、今この瞬間もレイの「直人」としての記憶を削り続けている。

 

「レイ、どうしたの……元気だして……。こんな状況だけど、今日はルクスも一緒に、何処かで食事しましょうよ!」

 

 エレナが明るく笑う。ミレーヌもカウンター越しに「ルクス君、おまけのジャーキーあるわよ!」と手を振っている。

 

 その笑顔を守るために、自分の何が削られたのか、もはやレイには思い出せなかった。

 

「……ああ。そうだな。行こう」

 

 レイは、足元で寄り添うルクスの柔らかな毛並みの感触だけを確かな「重み」として、不気味に明滅する王都の街角へと歩き出した。


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