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【第22話】欠けたパズルの帰還


 深い森から王都へ向けて、白銀の閃光が夜空を切り裂いていた。

 

 巨白の狼へと変貌を遂げたルクスの背は、驚くほど安定している。

 

 時速数百キロを超えているはずの猛スピードだが、ルクスの周囲に展開された薄い光の膜が、風圧や衝撃をすべて無効化していた。

 

「……信じられねぇ。空を飛んでるっていうより、世界の方が後ろに流れていってやがる」

 

 ライオネルがルクスの毛並みにしがみつきながら、呆然と眼下の景色を見下ろす。

 

 確かに、ルクスは単に羽ばたいて飛んでいるのではない。

 

 彼が四肢を蹴るたびに、空間の距離そのものが短縮され、数キロの道のりが一瞬で書き換えられているのだ。

 

「直人様、前方十キロ地点に王都の防壁を捕捉。現在、都市全体の『観測精度』が極めて不安定になっています」

 

 脳内に響くARIAの声に、レイは目を細めた。

 

 ルクスという、世界システムが「存在しない」と定義したはずの巨大なバグが、王都という高密度なデータ領域に突っ込もうとしている。

 

 管理者の側も、この異常事態を黙って見過ごすはずがない。

 

「……構わない。最短ルートで拠点に向かうぞ、ルクス!」

 

 巨白の獣は短く吠え、さらにその速度を上げた。


 王都、ライオネルの家の離れ。

 

 そこは今、奇妙な静寂と、激しい感情の渦に包まれていた。

 

「……ああ、そうだ。あの日、俺たちはここで、あいつと飯を食って……」

 

 ガルドが、庭に放り出された木材の山を見つめて立ち尽くしていた。

 

 記憶の濁流が、脳内の不自然な「空白」を埋めていく。

 

 ルクスの毛並みの匂い。餌を催促する時の鳴き声。散歩の時に引っ張られた腕の重み。

 

 それらすべてが、まるで最初からそこにあったかのように、鮮明な色彩を取り戻していく。

 

「フィリス……ミラ……。お前らも、思い出したのか……?」

 

 その時、三人の頭上。王都の夜空を圧して、咆哮が轟いた。


 ドォォォン!! と。

 

 大気が爆ぜるような音と共に、離れの庭に巨大な「光の塊」が着弾した。

 

 巻き上がる光の粒子が霧のように周囲を包み込み、その中から、屋根よりも高い白銀の巨躯が姿を現す。


「な……っ!? 」

 

 ガルドが腰を抜かしそうになりながら見上げる。


「皆んな!……無事だったんだな!」


 ライオネルがルクスの背中から声を掛ける。


「……。ラ……ライオネル!。それに、エレナ。レイ!……何で魔獣なんかで?……」


「こいつ、ルクスだぜ!」


 ライオネルが自慢げにルクスの頭を両手で撫でる。


 そこにいたのは、かつて自分たちが可愛がっていた小さな雑種犬ではなかった。

 

 神々しいまでの威光を放ち、四肢に雷鳴を纏った、伝説の守護聖獣そのものだ。


「レイ……どういう事だよ?……」


「ガルドさん……無事で良かった。こいつ本当にルクスですよ。」


「マジかよ!」

 

「……ルクス、なの? 本当に……?」

 

 フィリスとミラも恐る恐る一歩を踏み出す。

 

 巨大な狼は、そのサファイアブルーの瞳を細め、鼻先を二人の前にそっと下げた。

 

 クン、と。

 

 鼻を鳴らす仕草。それは、かつてフィリスがリボンを付けてやろうとした時と、全く同じ癖だった。

 

「……っ、ルクス!!」

 

 フィリスがその大きな顔に飛びつき、泣きじゃくった。ガルドも、ミラも、たまらず抱きつく。

 

 ルクスはその巨大な舌で、再会を喜ぶ仲間たちの顔を代わる代わる舐めた。

 

 その温かさは、データでも幻影でもない。紛れもない「命」の感触だった。


「……よかった。間に合ったみたいだな」

 

 ルクスの背から降りたレイは、その光景を満足げに眺めていた。

 

 だが、その視界は、先ほどから断続的に砂嵐のようなノイズに覆われている。

 

(……まただ。一つ、消えたか)

 

 レイは、自分の心の中に空いた「穴」を確認する。

 

 前世で住んでいたアパートの間取り。よく通っていたコンビニの店員の顔。

 

 そんな、どうでもいいはずの日常の記憶が、ルクスという強大なデータをこの世界に「固定」するためのメモリ領域リソースとして、刻一刻と消費されていた。

 

「直人様、人格のメインコアに微細な浸食を確認。これ以上の出力維持は、現在のメモリ容量では危険です」

 

 ARIAの警告に、レイは心の中で短く答えた。

 

(分かってる。……でも、こいつらをもう一度出会わせるためなら、俺の『余白』なんていくらでもくれてやるよ)

 

 レイはふらつく足取りを隠しながら、再会を喜ぶ輪の中へ加わろうとした。


 だが、その感動的な再会を、冷徹に見下ろす視線があった。

 

 ライオネルの家の離れ、その真上の空。

 

 人間に感知できないほどの高高度、世界の「描画レイヤー」の外側に、漆黒の亀裂が走る。

 

「……不愉快だな。ゴミリサイクルビンに捨てたデータが、勝手に実体を持って這いずり回るとは」

 

 ノイズ混じりの、しかし感情を排した声。

 

 ルクスを消去した張本人――管理者の末端、デリーター。

 

 彼は指先を動かし、王都の座標データをスキャンし始めた。

 

「『記録係レイ』。君は少し、この世界の自由度を高く見積もりすぎたようだ。システムの整合性は、個人の感情よりも優先される」

 

 王都全体が、不気味に震え始めた。

 

 空に浮かぶ月が、古いモニターの映像のように激しく縦揺れ(ローリング)を起こす。

 

 ルクスが、空に向かって鋭い唸り声を上げた。

 

 敵は、すぐそばまで来ている。

 

 失われた存在を取り戻した代償。

 

 それは、世界そのものを敵に回すという、真の戦いの始まりだった。


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