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【第21話】再構築(レンダリング)


 数日前、拠点の焚き火の前で感じたあの「欠落感」。

 

 「ここには別の誰かがいたはずだ」というレイの問いかけに、エレナもライオネルも、言葉にできない恐怖を感じていた。

 

 あの時、彼らの記憶は「何か」によって強引に書き換えられ、ルクスという存在は、最初からこの世にいなかったことにされていたのだ。

 

 だが、この深い森――世界の理が崩れ、掃き溜めのように歪みが蓄積した場所へ踏み込んだ瞬間、その「偽りの平穏」はノイズと共に剥がれ落ちた。

 

 ライオネルの脳内に、失ったはずの光景が、凄まじい濁流となって突き刺さる。

 

 雨の日に現れた賢い雑種犬。王都の拠点で共に過ごした「六人と一匹」の騒がしくも温かい日常。

 

 それらすべてが、あの不気味な男の手によって「削除」されていたという、あまりにも残酷な真実。

 

「……思い、出した……。俺たちは、あいつを……ルクスを、奪われてたんだ……!」

 

 ライオネルの叫びに呼応するように、周囲の空間が激しく軋み始める。


 森の最深部は、もはやこの世の景色ではなかった。

 

 空は本来の青を失い、古い絵画を泥水で塗り潰したような、どす黒い砂嵐が吹き荒れている。

 

 地面は一歩踏み出すごとに、まるで見えない獣に喰い千切られたかのように消失し、数秒遅れて「それらしい何か」が不自然に補填される。

 

「……来るぞ。世界の『不純物』を消しに来たんだ」

 

 レイの警告と同時に、虚空から無機質な白い光の帯が幾筋も降り注いだ。

 

 それは生命の躍動を一切感じさせない、冷徹なまでの「白」。

 

 世界がその整合性を保つために、異物と見なしたものを消し去ろうとする、自律的な拒絶反応。

 

 その光の帯は、意志を持たぬクリスタルの刃へと姿を変え、レイたちを「無」へ還そうと音速で突き刺さる。

 

「させねぇよ……ッ! どけ、この薄気味悪い光共が!」

 

 ライオネルが吠え、使い込まれた大剣をフルスイングで叩きつけた。

 

 火花ではなく、空間そのものがショートしたような青い火花が散る。

 

 刃を弾き飛ばすたびに、ライオネルの腕の輪郭が不自然にブレ、存在そのものが薄まっていくような錯覚に陥る。

 

 この場所では、戦うこと自体が存在の摩耗――すなわち、自分という人間が世界から少しずつ削り取られていく、底知れぬ恐怖を伴っていた。

 

「レイ、早く! 私たちが支えている間に……あなたの『記録』を呼び戻して!」

 

 エレナが聖なる杖を高く掲げ、黄金の障壁を展開する。

 

 彼女もまた、欠落感の正体に気づき、涙を流しながら叫んでいた。

 

 崩壊し続ける空間を、彼女自身の精神力で強引に繋ぎ止める、祈りという名の「抵抗」だった。


(……ここだ。この深い階層に、あいつが隠されている)

 

 レイは中央に膝をつき、自身の内側――隔離領域の深層へと意識を沈めていった。

 

 タイムライン上に並ぶ無数のクリップ。その大半は、かつての戦いで拾い上げた、誰のものとも知れぬ人生の断片だ。

 

 だが、その濁流のさらに奥底、強力な封印プロテクトがかかったセクタに、眩いばかりの白い光を放つ巨大なオブジェクトが沈んでいた。

 

 それはあの日、王都の拠点からも、生家からも、仲間の記憶からも消し去られたはずの「ルクスの残存データ」だ。

 

『ルクス。かつての愛犬、家族。……そして、この世界にとって『存在してはならない』はずの、最強のバグ』

 

 システムの能力上限値を遥かに超える魂を持っていたルクスは、消滅したのではなく、矛盾エラーとして世界の外側へ弾き出されていたのだ。

 

 レイはその光の塊に手を伸ばす。だが、指先が触れた瞬間、脳を直接焼かれるような拒絶反応が走った。

 

「直人様、警告です! 対象データの容量が観測者の許容限界を超過しています。このままレンダリングを強行すれば、直人様の人格データが破損クラッシュする恐れがあります。……すぐに中止を!」


 ARIAの切実な声が脳内に響く。だが、レイの決意は揺るがなかった。


「……知るかよ。足りないなら、繋ぐだけだ」

 

 レイは現実世界で自分の手を握りしめているエレナの温もりを感じた。

 

 自分という「論理」の記録媒体と、彼女という「感性」の出力デバイス。

 

 この二つが直列に繋がれば、消されたはずの過去さえも呼び戻せる。

 

「エレナ! もっと強く……俺の意識を、この世界に繋ぎ止めてくれ!」

 

「わかってる……! 私の全部を、あなたに貸すわ! だから、あの子を……ルクスを連れて帰ってきて!」

 

 二人の手が重なった瞬間、レイの右目から青い文字の奔流が溢れ出し、一つの「道」となって虚空へと突き刺さる。


 レイの視界の中で、世界が書き換わっていく。

 

 何もない空間に、無数の「光の骨格」が組み上がっていく。

 

 それはかつての小さなルクスの姿ではない。

 

 数万倍に増幅された魔力密度を伴い、地を這い、天を衝くほどの、あまりにも巨大な獣のシルエット。

 

「レンダリング……開始ッ!!」

 

 レイの絶叫とともに、蓄積されていた膨大なログが一気に放出された。

 

 周囲のノイズが吸い寄せられるように集まり、実体を与えていく。

 

 ドクン、と。世界そのものが、心臓のように一度大きく脈打った。

 

 空間が割れるような音を立てて、その「姿」が顕現した。

 

 現れたのは雪のように白い毛並みを持つ、神話の獣を彷彿とさせる巨白の狼だった。

 

 その体躯はライオネルの身長の数倍はあり、四肢には雷鳴のような魔力が渦巻いている。

 

 一対の光の翼が陽炎のように羽ばたき、その尾が揺れるだけで空間の歪みが瞬時に中和されていく。

 

 瞳は、透き通るようなサファイアブルー。

 

『――グルゥゥ…………アオォォォォォオン!!!』

 

 天を衝く咆哮。それは音という概念を超え、周囲の物理法則を強引に定義し直す、意志の波動だった。

 

 襲いかかっていた光の刃たちが、その咆哮に触れた瞬間、文字通り砕け散り、虚無へと還っていく。

 

「ルクス……なのか? 嘘だろ、あんなデカいのが……。お前、一体何を飼ってたんだよ、レイ!」

 

 ライオネルが呆然と、しかし歓喜を込めて笑った。あの日、王都の拠点で消えた愛犬の面影を、その魂の波動からようやく思い出したのだ。

 

 再構築されたルクスは、想像の枠を完全に超えていた。

 

 彼は世界の消去デリートそのものを「喰らう」ことで質量を維持する、この世界にとって最大の天敵――『守護聖獣』へと変貌を遂げていたのだ。


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