第七章・第4話:足の生えた麻袋と、深夜の倉庫荒らし
『反応強度、最大。この壁の向こうだ』
私の内部で、アリスが冷静に告げた。
場所は帝都の湾岸エリア。巨大な煉瓦造りの倉庫街だ。
表向きは貿易会社の倉庫だが、アリスの探知によれば、地下には厳重なセキュリティと大量の武器、そして彼女の『右腕パーツ』が眠っているらしい。
間違いなくマフィアのアジトだ。
深夜2時。
勇者カイは路地裏の影に潜んでいる。
「警備員が多いな。俺が突っ込んだら大騒ぎになる」
カイは脳筋だが、帝都での指名手配(前章の密輸はバレてないはずだが、用心に越したことはない)を避ける程度の分別はある。
「ポッケ、お前の出番だ。アリスと協力して取ってきてくれ」
無茶振りだ。
私は袋だぞ。自力で歩けない。
『問題ない。私がキャリアー(運搬役)となる』
アリスが宣言した。
彼女は首の断面から無数の触手を伸ばし、私の口の外へと展開させた。
ゾワゾワと這い出る黒いコードの束。
それらが地面を捉え、私(袋本体)を持ち上げる。
完成したフォルムは、まさに悪夢だった。
「麻袋からタコの足が生えたような怪物」。
あるいは「ヤドカリの宿が麻袋バージョン」。
シュールを通り越してホラーだ。誰かに見られたら都市伝説になるぞ。
『行くぞ。揺れるから舌を噛むなよ(舌はないが)』
アリス・タンク始動。
カサカサカサッ!
驚くべきスピードと静音性で、私たちは倉庫の壁に取り付いた。
垂直な壁を登り、屋根の通気口へと潜り込む。
倉庫内部は薄暗く、木箱が山積みになっていた。
巡回する警備員が懐中電灯を持って歩いている。
『生体反応3名。回避ルートを算出』
アリスのナビゲートは完璧だ。
私たちは木箱の影を縫うように進み、地下へのエレベーターシャフトを降りた。
地下保管庫。
そこには、マフィアの隠し財産が陳列されていた。
禁制品の宝石、美術品、そして奥の台座に置かれた『銀色の機械腕』。
アリスの右腕だ。
指の一本一本まで精巧に作られ、鈍い光沢を放っている。
だが、その周囲には赤い光線が網目のように張り巡らされていた。
魔導センサーだ。触れれば警報が鳴り、もしかしたら爆発するかもしれない。
(どうするアリス? 触手で解除できるか?)
『否。物理接触は検知される。……母艦、貴様の出番だ』
(私?)
『貴様の持つ「隔離結界」で、センサーの光を湾曲させろ。光を曲げれば、感知エリアに死角ができる』
高度な要求だ。
だが、やるしかない。
私は隔離スキルを応用し、空間の屈折率を操作した。
光の進路を微妙に歪め、右腕の周囲だけ「光が通らないトンネル」を作るイメージだ。
――ミラージュ・フィールド展開!
フッ。
赤い光線の一部が歪み、右腕へのルートが開いた。
『よし、今だ!』
アリスの触手が伸びる。
右腕を掴み、素早く私の口の中へと引きずり込んだ。
【入庫:オートマタ右腕パーツ】
回収成功!
ビーッ! ビーッ!
突然、警報が鳴り響いた。
え? 失敗した?
『違う。重量センサーだ。台座の重さが変わったことを検知された!』
しまった。そこまでは計算していなかった!
「侵入者だ! 探せ!」
ドカドカと足音が近づいてくる。
逃げ場はない。一本道だ。
どうする?
『擬態モード推奨』
アリスが触手を引っ込め、私の口を閉じた。
私はただの麻袋に戻り、その場にコロンと転がった。
中には右腕と生首とカーバンクル。
外見は、ただの「放置されたゴミ袋」。
警備員が飛び込んできた。
「どこだ!? 誰もいないぞ!?」
「おい、宝が消えてる!」
彼らは慌てふためき、周囲を探し回る。
一人の男が、床に転がる私に気づいた。
「ん? なんだこの袋は」
男が私を蹴り上げた。
痛っ!
いや、蹴るな。中身が起きるだろ。
「ただのゴミか? 掃除係が置き忘れたのか?」
男は興味なさげに視線を外し、奥へと走っていった。
セーフ。
私の「薄汚れた外見」が、最高のカモフラージュになった。
ブランド鞄なら持ち去られていただろう。ボロ袋万歳。
ほとぼりが冷めた頃、私たちは再び触手を出して脱出した。
外で待っていたカイは、帰還した私たちを見て親指を立てた。
「やるじゃねえか。完璧な仕事だ」
私の内部では、アリスが回収した右腕を、自分の頭部の近くに置いて満足げに眺めていた。
『……接続不可。胴体ジョイントがないため、リンクできない』
残念そうだが、嬉しそうだ。
カーバンクルも、新しいおもちゃ(右腕)に興味津々で、指をツンツンしている。
あと3つ。
左腕、胴体、脚。
次の反応は、帝都最大の歓楽街、カジノエリアからだった。




