第七章・第3話:暴走する生首と、ポーションを啜る殺戮兵器
『ターゲットロック。捕食開始』
無機質な音声とともに、オートマタの生首――アリス――が動いた。
首の断面から、無数の細いケーブルやチューブが触手のように飛び出し、それを足代わりにして、蜘蛛のようにカサカサと這い出したのだ。
速い!
そして気持ち悪い!
美少女の顔がついた蜘蛛のような何かが、深紅の絨毯の上を疾走している。
「みゅーっ!?」
カーバンクルが悲鳴を上げて逃げ惑う。
アリスの狙いは、カーバンクルの額にある宝石(魔石)だ。あれを砕いて魔力を吸収するつもりらしい。
私の大事な空気清浄機兼マスコットを壊されてたまるか!
(やめろ! ここは私のテリトリーだ!)
私は念動力を発動させ、アリスの周囲の空間を圧縮しようとした。
だが、弾かれた。
アリスの周囲に展開された薄い青色の膜――『対魔力障壁』が、私の干渉を無効化したのだ。
『警告。下等な干渉を検知。排除する』
アリスが首をこちらに向け(目は見えていないはずなのに正確に)、口を開いた。
口内から小型の砲口(ビーム砲?)のようなものが覗く。
撃つ気か!?
私の腹の中でビームを!?
穴が開く!
私は焦った。魔法が効かないなら物理だ。
物理的に重いものをぶつけるか?
いや、高級家具を壊したくない。
そうだ、重力だ。
昨日のメンテナンスで追加された新機能『内部環境固定』。
これを応用し、アリス周辺の重力設定だけを極端に重くすることはできないか?
魔法的な干渉ではなく、空間の法則そのものの書き換えだ。
――重力制御エリア展開! 設定:5G!
ズンッ!
アリスの動きが止まった。
触手が重さに耐えきれず、絨毯にめり込む。
頭部そのものも、見えない重石を乗せられたように床にへばりついた。
『……エラー。重力異常検知。機体重量増加。……活動困難』
アリスの瞳が点滅する。
エネルギー残量が限界に近い彼女にとって、5倍の重力下での活動は不可能なはずだ。
(どうだ、降参か? 生首お嬢ちゃん)
私は念話で語りかけた。
アリスはこちらを睨みつける。
『……貴様、何者だ。ただの収納媒体ではないな?』
(私はポッケ。この空間の管理者だ。私の客人に手を出すなら、ここから放り出すぞ。外は下水道だがな)
『……脅迫か。下等生物め』
口が悪い。
だが、彼女の瞳の光が弱まっていくのが見えた。
『……エネルギーレベル、5%以下。強制シャットダウンまで、あと30秒』
死にかけじゃないか。
ここで機能停止されても困る。せっかく金貨80枚も払ったんだ。
(取引だ。魔力をやるから、カーバンクルを襲うな)
『……魔力供給? 貴様にそんな出力があるとは思えない』
(私にはないが、在庫にはある)
私は、ポーション棚から『高級マナ・ポーション(青)』を一本取り出した。
カイが奮発して買った、高純度の魔力回復薬だ。
念動力で蓋を開け、ストロー(植物の茎)を挿して、アリスの口元に差し出す。
(飲め。これ一本でフルチャージとはいかないが、餓死は免れるだろう)
アリスは疑わしげに瓶を見たが、背に腹は代えられないらしい。
触手で器用に瓶を受け取り、ストローを口に含んだ。
チュウウウ……。
生首がストローで青い液体を啜る。
シュールだ。
あまりにもシュールな光景だ。
古代の殺戮兵器の威厳が台無しだ。
『……味気ない。成分構成が単純すぎる』
文句を言いながらも、アリスの瞳の輝きが戻ってきた。
障壁が解除され、触手も収納される。
『……契約成立と見なす。当機、個体名アリス(AL-1S)は、貴様を一時的な「母艦」として認定する』
(母艦? まあ、宿主みたいなものか)
『ただし、これは暫定措置だ。私の本来のボディが見つかり次第、貴様らを支配下に置く』
(はいはい、わかったよ)
典型的なツンデレ台詞として受け流しておく。
『ボディ……。私のパーツ反応が、この都市内に散らばっている』
アリスが虚空を見つめて言った。
『右腕、左腕、胴体、脚部。それらを回収し、私を完全体に復元せよ。それが貴様らへの命令だ』
命令された。
だが、カイもきっと同じことを考えているだろう。
80枚も払ったんだ。頭だけで終わらせるわけがない。
外の世界では、カイがオークション会場を後にしていた。
「へへっ、いい買い物をしたぜ。次はパーツ探しだな! 伝説のオートマタを完成させてやる!」
利害は一致している。
こうして、私たちは「アリス再構築ミッション」という、帝都を巻き込んだ宝探し(という名の強盗騒ぎ?)に巻き込まれることになった。
『おい、母艦。おかわりだ。ポーションをもう一本よこせ』
(……金食い虫め)
私は渋々、二本目のポーションを差し出した。
カーバンクルが、アリスの頭の上に乗っかって「みゅ?」と不思議そうに見下ろしている。
奇妙な同居人が、また一人(一個?)増えたようだ。




