# 第七章:帝都の闇オークションと、伝説のガラクタ
帝都ヴァルム。
東の大陸を支配する帝国の心臓部は、光と影が極端に交錯する巨大都市だった。
表通りには魔導灯が煌々と輝き、着飾った貴族や商人が闊歩しているが、一歩路地裏に入れば、そこは貧民と犯罪者の巣窟だ。
そのコントラストは、まるで私の内部空間における「スイートルーム」と「ゴミ捨て場」の対比のようでもある。
勇者カイは、王女エレナから受け取った報酬――金貨100枚――を懐に、上機嫌で街を練り歩いていた。
庶民にとっては一生遊んで暮らせる大金だが、カイにとっては「次の冒険への投資金」に過ぎない。
新しい防具を買うか、高級なポーションを大人買いするか。彼の夢は膨らむばかりだ。
「へっへっへ、この剣もいいけど、あっちの槍も捨てがたいな」
武器屋のショーウィンドウに張り付くカイ。
しかし、並んでいるのは量産品ばかりだ。
ダンジョンの深層や、ドラゴンのような規格外の敵と戦ってきた私たちにとって、市販の装備は物足りない。
私の内部には、まだ未整理の『タランチュラの素材』や『ミミックの破片』が眠っている。これらを加工した方がよほど強力な武器になるだろう。
その時だった。
人混みの中から、黒いコートを着た細身の男が、音もなくカイの背後に忍び寄った。
殺気はない。だが、私のセンサーは微かな「悪意」を検知した。
「……お兄さん、良い腕をしているね」
男が囁くような声で話しかけてきた。
カイが振り返る。
「あ? なんだアンタ」
「ただの仲介人さ。……お兄さん、市販のおもちゃじゃ満足できない口だろ? もっと刺激的で、希少な逸品に興味はないかい?」
怪しい。
全身から「詐欺師です」というオーラが出ている。
だが、カイの「希少な逸品」という言葉への食いつきは早かった。
「ほう? 例えば?」
「古代文明の遺産、呪われた魔剣、あるいは……ドラゴンの卵とかね」
男はニヤリと笑い、懐から一枚の黒い封筒を取り出した。
封蝋には、見覚えのない不気味な紋章――三つの目が絡み合ったようなデザイン――が押されている。
「今夜、地下区画の第4水道橋の下で『特別競売会』が開かれる。入場料は金貨1枚。……ただし、参加資格があるのは『金』と『力』を持つ者だけだ」
男の視線が、カイの指にある『王家の指輪(エレナからの贈り物)』に一瞬だけ注がれた。
なるほど、この指輪が「身分証明」の代わりになったらしい。やはりタダモノではないアイテムだ。
「面白ぇ。行ってやるよ」
カイは招待状をひったくった。
男は満足げに頷くと、煙のように人混みへと消えていった。
「おいおい、カイ。罠かもしれんぞ」
と、私が言えるはずもなく、カイは夜を待って指定の場所へと向かった。
***
帝都の地下には、地上と同じくらい広大な地下水道網が広がっていると言われている。
湿った空気と、下水の腐敗臭。
私の内部の空気清浄機能(カーバンクル製)がなければ、鼻が曲がっていただろう。
第4水道橋の下には、鉄格子のついた重厚な扉があり、そこには屈強なオークの用心棒が二人立っていた。
「招待状は?」
カイが無言で黒い封筒を出す。
オークは中身を確認すると、無言で扉を開けた。
ギィィィ……。
錆びついた蝶番の音とともに、中から熱気と喧騒が漏れ出してくる。
そこは、別世界だった。
地下の大空洞を利用した巨大なホール。
天井からは無数のシャンデリアが吊り下げられ、真紅のカーペットが敷き詰められている。
並べられた円卓には、仮面をつけた貴族、全身に刺青を入れたマフィアのボス、怪しげなローブの魔術師たちが陣取り、酒を酌み交わしている。
ステージの上では、バニーガールの衣装を着た亜人が、商品を掲げていた。
「さあ、次はロット番号402番! 『吸血鬼の牙』だ! スタート価格は金貨5枚から!」
熱狂。
欲望の坩堝。
ここにあるのは、法律も倫理も通用しない、純粋な「価値」の殴り合いだ。
私の内部にある『スイートルーム』が霞むほどの退廃的な豪華さ。
「すげぇ……。本物の闇市だ」
カイがゴクリと喉を鳴らす。
彼は空いている席に座り、周囲を見渡した。
私は、周囲の客たちの「荷物」に注目した。
彼らの足元や腰には、様々な収納アイテムが見える。
宝石を散りばめた鞄、生きているように脈打つ革袋、あるいは空間そのものを切り取ったような漆黒の箱。
ここは、収納アイテムの見本市でもあるらしい。
私の隣の席に座っていた貴族風の男が、カイの腰にある私を見て、フンと鼻で笑った。
「薄汚れた麻袋か。……中身もゴミしか入っていないんだろうな」
失礼な。
中には王女が寝ていたベッドと、希少獣カーバンクルが入っているぞ。
お前のそのピカピカの鞄より、よっぽど高価な中身だ。
「静粛に!」
司会者の男がハンマーを叩いた。
会場の照明が落ち、スポットライトがステージ中央に集まる。
「さて、皆様お待ちかね。本日のメインイベント、目玉商品の登場です!」
重々しい音とともに、ステージの床からせり上がってきたのは、黒いベルベットの布で覆われたガラスケースだった。
布が取り払われる。
そこに鎮座していたのは――
『生首』だった。
いや、正確には人間のそれではない。
透き通るような白い肌(人工皮膚)、銀色の髪、そして閉ざされた瞳。
首から下はなく、断面からは複雑な魔導回路と歯車が覗いている。
古代文明の遺産。
『自動人形』の頭部パーツだ。
「古代帝国時代の最高傑作! 完全自律型思考AIを搭載した、戦闘用オートマタの頭部です! 魔力回路は生きています! ボディを見つければ、伝説の兵器があなたのものに!」
会場がどよめいた。
古代兵器。男のロマンだ。
カイの目が釘付けになった。
「あれだ……。俺が欲しかったのは、あれだ!」
おい、やめろ。
生首だぞ。
しかも機械の。
あんなものを私の(エレナが寝ていた)ベッドに置くつもりか?
「スタート価格は金貨50枚!」
「50!」
カイが即座に手を挙げた。
バカ! 所持金の半分だぞ!
「55!」
「60!」
値が吊り上がっていく。
カイの額に汗が滲む。
彼の「欲しい」という熱意が、私にも伝わってくる。
……仕方ない。
私は覚悟を決めた。もし落札したら、徹底的に管理してやる。
「80枚!」
カイが叫んだ。
会場が一瞬静まり返る。
金貨80枚。大金だ。
司会者がハンマーを振り上げる。
「80枚、他にいませんか? ……ハンマープライス! 落札者はそちらの青年!」
やった。
いや、やってしまった。
ほぼ全財産を叩いて、生首を買ってしまった。
係員がガラスケースを持ってくる。
カイは震える手で代金を支払い、ケースを受け取った。
そして、中から生首を取り出し、愛おしそうに眺めた。
「美しい……。よし、ポッケ。頼んだぞ」
ガバッ。
私の口が開けられる。
オートマタの頭部が、ゆっくりと降りてくる。
閉ざされた瞳。長い睫毛。
美しいが、不気味だ。
私はそれを、エレナが使っていたベッドの枕元に、そっと安置した。
【入庫:オートマタ頭部(機能停止中)】
【識別名:未設定】
まるで眠れる森の美女だ。
ただし、首から下はないが。
私は念のため、周囲に『防音結界』と『固定用のクッション』を展開した。
これで買い物は終わりか?
そう思った矢先。
ベッドの上に置かれた生首の瞳が、カッ! と見開かれた。
深紅の瞳孔が、暗闇の中で妖しく光る。
『……再起動プロセス、開始。……エネルギー残量低下。……補給を要求する』
喋った!?
しかも、その視線が、隣で寝ていたカーバンクルに向けられている。
『……高純度魔力体、発見。……捕食モードへ移行』
おい!
待て!
私のペット(兼空気清浄機)を食うな!




