# 第六章・第5話:月夜のカーチェイスと、質量保存則の無視
ガタガタガタッ!!
馬車が未舗装の道を暴走する。
車輪が跳ねるたびに、私の内部空間も上下に激しくシェイクされる。
せっかくのチーズフォンデュ鍋がひっくり返りそうになるのを、私は必死の念動力で空中に固定していた。
エレナはベッドの柱にしがみつき、カーバンクルは布団の中に潜り込んでいる。
「チッ、しつけぇな! 王家の犬どもが!」
外では勇者カイが怒鳴っている。
後方を確認すると、黒いローブを纏った騎馬隊が5騎、松明も持たずに無言で迫ってきていた。
暗殺部隊だ。プロの手口だ。
ヒュンッ!
敵の一人が投げた短剣が、馬車の幌を切り裂いた。
ギリギリだ。
このままでは追いつかれる。あるいは馬を射られて終了だ。
「ポッケ! 援護だ! 奴らの足を止めろ!」
カイが私を後方――馬車の荷台の隙間――に向けた。
了解だ、相棒。
追跡劇における妨害工作といえば、私の得意分野だ(やったことはないが)。
在庫リスト検索。
『まきびし』……はない。
代わりになる鋭利なものは……『スケルトンの骨(粉砕済み)』がある。
骨の破片だ。鋭く尖ったカルシウムの欠片。
これをばら撒けば、馬の蹄には効果的だろう。
――射出! ボーン・スプラッシュ!
ザララララッ!
私の口から、大量の骨片が散弾銃のように噴射された。
後続の騎馬隊の足元に、白い破片が散らばる。
「ヒヒィン!?」
先頭の馬が、骨片を踏んで体勢を崩した。
蹄鉄の隙間に鋭い骨が刺さったのだ。
馬が転倒し、乗り手が放り出される。後続の馬もそれに巻き込まれてクラッシュした。
よし、2騎脱落!
だが、残りの3騎は巧みに障害物を避け、さらに加速してくる。
「甘いな!」
敵のリーダー格らしき男が、馬の背から跳躍した。
人間離れした跳躍力で、馬車の屋根に飛び移ろうとしている!
「乗せるかよ!」
カイが剣を振るうが、敵は空中で軌道を変え、カイの懐に飛び込んできた。
ガキンッ!
短剣と長剣が火花を散らす。
近接戦闘だ。揺れる馬車の上で、二人の男がもつれ合う。
まずい。
カイの手が塞がっている。
これでは私(袋)を使った射出攻撃ができない。
しかも、もう一人の敵が、御者台に取り付こうとしている。
挟み撃ちだ!
どうする?
私が自力で動くことはできない。私はただの袋だ。
だが、カイの腰にぶら下がっている以上、カイの動きに合わせてスイングすることはできる。
私は、カイの腰の動きを読み取った。
彼が右にステップを踏んだ瞬間、私は遠心力を利用して大きく左へ振られる。
その軌道の先に、屋根に登ろうとしている敵の顔面がある。
今だ。
私は、内部の「重量軽減魔法」を、一瞬だけ解除した。
現在の積載重量:
・高級家具一式
・水樽
・ポーション棚
・王女&カーバンクル
合計推定重量:300キログラム超。
これが、高速で振り回されたらどうなるか?
それはもはや袋ではない。
「鉄球」だ。
ブォンッ!!
空気が唸りを上げた。
敵の暗殺者は、目の前に迫る薄汚れた麻袋を見て、嘲笑しただろう。
「たかが袋」と。
だが、その袋は、グランドピアノ並みの質量を持っていた。
ドゴォォォォン!!
鈍く、重い音が響いた。
袋の側面が、暗殺者の顔面を直撃した。
首があらぬ方向に曲がる。
男は悲鳴を上げる間もなく、紙屑のように吹き飛び、夜の闇へと消えていった。
「……は?」
カイが呆然としている。
自分の腰の袋が、敵を一撃で粉砕したのだから無理もない。
しかも、その反動でカイ自身もよろめいている。
(すまん、腰に来たか?)
「す、すげぇ……。ポッケ、お前、今何をした?」
カイは腰をさすりながら、私を見た。
私は何食わぬ顔(布)でぶら下がっているだけだ。
ただ、内部ではエレナが「きゃあああ!」とベッドの上で転がっていたが。
残りの敵は、リーダーが物理法則を無視した威力で吹き飛ばされたのを見て、戦意を喪失したようだ。
馬を反転させ、撤退していく。
勝った。
私たちは、骨によるトラップと、質量兵器による物理攻撃で、王国の精鋭部隊を撃退したのだ。
「ははっ、やっぱりお前は最強の相棒だぜ!」
カイが私を抱きしめる。
痛い痛い、中身が潰れる。
内部のエレナも、ようやく揺れが収まったことに安堵していた。
「もう……乱暴な運転ね。でも、助かったわ」
彼女は天井に向かって小さく手を振った。
帝都まではあと少し。
だが、私は知っていた。
この旅の終わりが近づいていることを。
そして、この賑やかな同居生活も、もうすぐ終わるのだと。




