第六章・第4話:熱源なき厨房と、光でトロけるチーズフォンデュ
馬車の荷台(カイがヒッチハイクした商人の馬車)の揺れに合わせて、私も揺れている。
外の景色は見えないが、車輪の音と御者の声から、まだ街道を順調に進んでいることがわかる。
だが、私の内部では別の問題が発生していた。
「ポッケ、お腹がすいたわ」
エレナがベッドの上で、ぺたんとお腹をさすった。
「干し肉はもう飽きたの。温かくて、とろ~りとしたものが食べたいわ」
とろ~りとしたもの。
具体的かつ抽象的なオーダーだ。
しかし、ここは密室。火気厳禁。
カイは御者の隣で周囲を警戒しているため、料理を頼むわけにはいかない。
つまり、私がやるしかない。
袋(私)がシェフになる時が来たようだ。
在庫を確認する。
・『堅パン』×多数
・『干し肉』×多数
・『高級ワイン』×1本(カイが勝利祝いに買ったやつ)
・『チーズの塊』×1個(同上)
・『イワシ』×数匹(干物化している)
・『ミミックの舌』×1本(食材……か?)
ミミックの舌は弾力がありそうだが、王女様にゲテモノを食わせるわけにはいかない。
やはり、王道の「チーズ」と「パン」で行くべきだろう。
メニューは『チーズフォンデュ』に決定。
パンを一口大に切り、溶かしたチーズに絡めて食べる。エレナの要望する「とろ~り」も満たせる。
問題は熱源だ。
チーズを溶かすには熱が必要だ。
コンロを使うと酸素を消費し、一酸化炭素中毒のリスクがある。
魔法? 私は魔法使いではない。
……待てよ。
私の視界の端で、カーバンクルが毛づくろいをしている。
額の宝石がピカピカと光っている。
『浄化の光』。
あれは「光エネルギー」だ。
光あるところに熱あり。
レンズを使って太陽光を集めれば紙が燃えるように、あの光を集束させれば、熱を発生させられるのではないか?
レンズ。
レンズ代わりになるものは……。
『ポーションの空き瓶』。
底が丸く厚みがある。これだ。
私は調理の準備を始めた。
まず、念動力でチーズを細かく砕き、小さな鉄鍋に入れる。
ワインを少々垂らし、風味付けをする。
そして、カーバンクルの前に鍋を浮かせた。
(おい、チビ助。ちょっとこっちを向け)
私はイワシの干物をちらつかせて、カーバンクルの注意を引く。
「みゅ?」
カーバンクルがこちらを向く。額の宝石が正面に来た。
私はその光の進路上に、ポーションの空き瓶(底面)を配置した。
光が屈折し、一点に集まる。
焦点は――鉄鍋の底だ。
(もっと光れ! イワシをやるぞ!)
私はイワシを上下に振って興奮させる。
「みゅーっ!」
カーバンクルが興奮して光を強める。
ポワァァァッ!!
強烈な赤色の光線が、レンズを通して鍋底を直撃する。
ジジジ……。
鍋底が熱を持ち始めた!
成功だ! 『カーバンクル・レーザー・クッキング』の完成だ!
鍋の中のチーズが音を立てて溶け始める。
ワインのアルコールが飛び、芳醇な香りが漂う。
とろとろになった黄色い液体。
完璧な溶け具合だ。
私は念動力で堅パンを空中でカットし、エレナの前に並べた。
そして、熱々のチーズ鍋をテーブル(木箱)の上に置く。
「はい、お待ちどうさま」
声は出せないが、雰囲気で伝える。
「まぁ……! すごいいい香り!」
エレナが目を輝かせた。
フォーク(念動力で浮かせたミミックの牙を加工したもの)にパンを刺し、チーズにたっぷりと絡める。
とろ~り。
黄金色の糸を引くチーズ。
パクッ。
「ん~っ! 美味しい!」
エレナが頬を押さえて悶絶した。
「外はカリカリ、中はふわふわ。チーズのコクとワインの香りが絶妙よ! 宮廷料理人にも負けないわ!」
そりゃそうだ。
こちとら在庫管理のプロだ。温度管理も素材管理も完璧なんだよ。
カーバンクルも、報酬のイワシをもらって満足げに尻尾を振っている。
平和だ。
袋の中だけは、暖かく、美味しい時間が流れている。
だが、この平和が長く続かないことを、私は知っていた。
外の世界で、馬車が急ブレーキをかけた。
ヒヒィィィン!
馬のいななき。
そして、御者の悲鳴。
「敵襲だぁぁぁっ!」
始まったか。
追手のお出ましだ。
ディナータイムは終了だ、お姫様。
ここからは、ジェットコースター・アトラクションの時間だぞ。




