第六章・第3話:魔導スキャナーの走査線と、王女様のくしゃみ
国境検問所。それは、物理的な障壁であると同時に、精神的な圧迫感を与える巨大な威圧装置だった。
高さ十メートルを超える黒曜石の門。
その左右には鋭い槍を持った重装歩兵が立ち並び、門の中央には、青白く発光する巨大なクリスタルが埋め込まれたアーチ状の装置が設置されていた。
『魔力探知ゲート』。
通称「魔導の目」。
隠蔽魔法や変装を見破り、荷物の中に潜む危険物や生体反応を暴き出す、帝国が誇る最新鋭のセキュリティシステムだ。
「おいおい、マジかよ……あんなもん通るなんて聞いてねぇぞ」
勇者カイの背中から冷たい汗が噴き出しているのが、私(袋)越しに伝わってくる。
彼の心拍数は急上昇しているだろう。
無理もない。我々の荷物には、密入国者である王女エレナと、希少獣カーバンクルという、ダブル役満級の違法物が詰まっているのだから。
私の内部空間では、そんな外の緊張感など露知らず、エレナが優雅にティータイムを楽しんでいた。
カイが買い込んだ『携帯用魔導コンロ』で湯を沸かし、持参した茶葉で紅茶を淹れているのだ。
「ふぅ……。やっぱりロイヤル・ダージリンは香りが違うわね」
優雅にカップを傾ける王女。
その足元では、カーバンクルがクッキーの屑をねだっている。
(お嬢様! 今はお静かにお願いします! 魔力を使わないで!)
私は必死に念を送るが、私と彼女の間にはまだ「念話パス」が繋がっていない。
私の声は届かない。
コンロの熱源反応。紅茶の湯気。そしてカーバンクルの発する浄化の光。
これら全てが、探知機にとっては「異常な魔力反応」として映るはずだ。
「次! 冒険者、前へ!」
衛兵の怒鳴り声。
カイが覚悟を決めて歩き出す。
ジャリ、ジャリ、という砂利を踏む音が、処刑台へのカウントダウンのように聞こえる。
ゲートの手前まで来た。
両脇に立つ魔導師たちが、水晶の杖を掲げている。
「止まれ。スキャンを開始する」
ブォォォォン……。
アーチ状のクリスタルから、不可視の波動が放たれた。
来た!
魔力走査だ!
私の感覚器が、外部からの侵入波を捉える。
それは、私の外皮を透過し、内部空間へと浸透してくる「視線」のようなものだった。
X線のように透過し、サーモグラフィのように熱を感知し、MRIのように構造を解析しようとしてくる。
【警告:外部からの強制解析を検知】
【解析対象:生体反応(人間・魔獣)、魔道具】
見つかる。
このままでは、エレナの心臓の鼓動も、カーバンクルの体温も、すべて筒抜けだ。
私は、持てる全スキルを動員した。
防御だ。隠蔽だ。ジャミングだ!
まず、『隔離』スキルを最大出力で展開。
エレナたちの居る「居住区エリア」全体を、見えない壁で包み込む。
だが、単に遮断するだけでは「そこに不自然な空白がある」と怪しまれる。
「何もない」と思わせるか、あるいは「無害なものがある」と誤認させなければならない。
ダミーだ。
私は、手持ちの在庫の中から、魔力を帯びたアイテムを探した。
『ポーション×50本』。
『ミミックの死骸(微弱な魔力残留)』。
『スライム核(瓶詰め)』。
これだ。
私はこれらのアイテムの放つ魔力波形を増幅し、居住区エリアの前面(探知機側)に配置した。
魔力の壁を作るのだ。
ポーションの水属性と、ミミックの木属性、スライムの酸属性。
これらを複雑に混合させ、カオスなノイズを発生させる。
――ジャミング・フィールド展開!
――探知機よ、目を回せ!
外部のモニターを見ている魔導師が眉をひそめた。
「む……? ノイズが激しいな。なんだこの反応は」
「大量のポーションと……何かの死骸? ゴミの山か?」
「解析不能が多いな。故障か?」
よし、撹乱成功だ。
彼らは「危険物がある」とは判断できず、「整理されていない汚い荷物」として認識しているようだ。
私の日頃の行い(ゴミ拾い)が、ここで役に立つとは。
だが、その時だった。
内部のエレナが、不意に鼻をひくつかせた。
彼女が手にしていた紅茶の湯気が、鼻に入ったのか。
あるいは、緊張からくる生理現象か。
「……くしゅんっ!」
可愛らしい、しかし明確な高周波数の音が響いた。
くしゃみだ。
音は物理的な振動だ。
魔力スキャンは誤魔化せても、音波は私の薄い外皮(布一枚)を通して外に漏れる!
「ん? 今、女の声がしなかったか?」
一人の衛兵が鋭く反応した。
槍を構え、カイに詰め寄る。
「おい、袋の中に誰かいるのか?」
絶体絶命。
カイの顔が引きつる。
どうする?
「猫です」と言うには人間っぽすぎる。
「人形です」と言うには生々しすぎる。
その時、カイが腹を抱えて大げさに身をよじった。
「へっくしょぉぉぉぉいッ!!」
爆音のようなくしゃみ。
唾が飛び散り、衛兵の顔にかかる。
「うわっ、汚ねぇ!」
「あー、すんません。風邪気味で……今の、変な声になってました?」
カイが鼻をすすりながら、とぼけた顔で言う。
「女みたいな声だったが……」
「最近、喉の調子がおかしくて。オカマ声になっちまうんすよ。……くしゅんっ(裏声)」
下手くそな演技だ。
だが、衛兵はあまりの汚さと馬鹿馬鹿しさに毒気を抜かれたようだ。
「……ちっ、さっさと行け! 病気をうつすな!」
彼は嫌悪感を露わにして手を振った。
ゲート通過。
セーフだ。
私たちは、カイの捨て身のアドリブ(と唾)によって、最大の危機を乗り越えたのだ。
検問所を抜けた後、カイは深い溜息をついた。
「寿命が縮んだぜ……。おいポッケ、中の姫さんに言っといてくれ。くしゃみするなら枕に顔埋めてやってくれってな」
ああ、伝えておくよ。
私の内部では、エレナが「ごめんなさい……」と小さくなって反省していた。
カーバンクルが慰めるように頬を舐めている。
だが、これで安心するのは早い。
国境を越えたということは、ここはもう帝国領。
敵地だ。
そして、王女を追う追手たちも、当然この包囲網を抜けてきているはずだ。
旅は、ここからが本番なのだ。




