# 第五章・第10話(終):名もなき袋の卒業式と、新たなる旅立ち
冒険者ギルドの講堂は、熱気に包まれていた。
壇上に立つギルドマスターから、勇者カイに新しいランク証が授与される。
鈍く光る銀色のプレート。Cランクの証だ。
「カイ・ストラトス。およびそのパーティ。今回の試験における独創的な戦術と、卓越した物資管理能力を高く評価する」
拍手が湧き起こる。
隣には、同じく合格したレオンがいる。
彼は泥を拭い落とし、いつもの優雅さを取り戻していたが、その表情には以前のような傲慢さはなかった。
彼はカイに手を差し出した。
「おめでとう、カイ。……君の収納術には完敗だ」
「へへっ、よせよ。お前こそ、最後の剣技は凄かったぜ」
二人はガッチリと握手を交わした。
そして、レオンは腰の鞄(今はボロボロの革袋に戻っているシルヴィア)を愛おしげに撫でた。
「僕も、道具に頼りすぎていたようだ。これからはシルヴィアと共に、一から鍛え直すよ」
私の内部で、シルヴィアからの念話が届く。
『お世話になりました、先輩。あなたの「適当に見えて計算された収納術」、勉強になったわ』
(ふん、口が減らない新入りだ。達者でな)
私は、内部に匿っていたシルヴィア(の核となる魔石と中身)を、優しく吐き出した。
ポンッ。
光の玉となってレオンの手元に戻るシルヴィア。
これで、私の腹の中は再び静かになった。
……いや、まだカーバンクルがいるんだった。
「みゅー」と鳴いて、居心地良さそうに丸まっている。こいつ、野生に帰る気がないな?
式典の後、私たちはギルドの裏手にある工房へと案内された。
今回の試験の副賞。
『王室御用達・鞄職人による特別メンテナンス』だ。
「ほほう……こりゃまた、随分と酷使された袋じゃな」
現れたのは、頑固そうなドワーフの老職人だった。
彼は私を手に取り、あちこち引っ張ったり、レンズで覗き込んだりした。
「縫い目はボロボロ、底生地は摩耗してウスウス。よくこれで破れんかったもんじゃ」
「へへ、俺の相棒なんでね。直せるか? 爺さん」
爺さんはニヤリと笑った。
「直すだけじゃつまらん。儂の秘蔵の素材を使って、強化してやろう」
強化!
響きが良い。
爺さんは、タランチュラの糸(私が回収したもの)と、特殊な魔法の布を取り出した。
作業は数時間に及んだ。
チクチク、ヌイヌイ。
魔力を帯びた針が、私の体を貫き、新たな力を縫い込んでいく。
痛くはない。むしろ、力が漲ってくる感覚だ。
「よし、完成じゃ!」
私は生まれ変わった。
外見は相変わらずの麻袋風だが、生地には微かな光沢があり、縫い目には金色の魔力糸が走っている。
そして何より、内部空間の「解像度」が上がった気がする。
グリッド線がより鮮明に見え、念動力の反応速度が向上している。
【システム・アップデート完了】
【新機能:『自動修復(小)』『内部環境固定(温度・湿度)』を追加】
【容量:拡張(Lv.2)】
すごい。
これなら、生魚も腐らないし、多少の衝撃で中身が壊れることもない。
私は「ただの袋」から「ハイテク倉庫」へと進化したのだ。
カイが私を腰に巻き直した。
その感触も、以前よりフィットしている。
「いい感じだ。……そういや、お前にも名前が必要だよな」
え?
名前?
レオンのシルヴィアみたいな?
「うーん……『四次元ポケット』とか? いや、長いな」
おい、版権的に危ない名前はやめろ。
「よし、決めた。『ポッケ』だ。シンプルでいいだろ?」
ポッケ。
……ダサい。
いや、可愛げがあると言えなくもないか。
元社畜のおっさん(私)に似合うかは微妙だが、カイらしいネーミングだ。
「よろしくな、ポッケ! これからも頼むぜ!」
カイが私の腹(側面)を叩く。
悪くない気分だ。
私は心の中で「了解だ、マスター」と返事をした。
ギルドを出ると、夕日が街を赤く染めていた。
Cランクになったことで、私たちは国境を越える遠征任務も受けられるようになった。
次はどんな場所へ行くのか。
どんなアイテム(あるいはゴミ)が放り込まれるのか。
不安はある。
だが、今の私には自信がある。
どんなカオスが来ようとも、整頓し、管理し、時には射出して戦う。
それが、私の――『ポッケ』の生き様なのだから。
「行くぞ! 目指すは東の帝国だ!」
勇者の号令とともに、私たちは新たな一歩を踏み出した。
私の内部で、カーバンクルが「みゅっ!」と元気よく鳴いた。
さあ、冒険の再開だ。




