第五章・第9話:イワシの弾道計算と、ガラス細工の閃光
「グルゥァァァァァッ!!」
闘技場の中央で、赤竜が咆哮した。
鎖で繋がれているとはいえ、その迫力は本物だ。口から漏れる炎が、周囲の空気を歪めている。
試験官の声が響く。
「最終試験! 運搬した物資を活用し、竜を無力化せよ! 制限時間は10分!」
無茶を言う。
手元にあるのは、腐りかけのイワシと、生卵と、水樽と、ガラスの白鳥だぞ?
これでドラゴンと戦えというのは、「スプーンでトンネルを掘れ」というようなものだ。
「レオン、陽動を頼む! 俺が隙を作る!」
「わかった! だが、武器はどうする!?」
「あるものでやるしかねえ!」
レオンが白銀の剣を抜き、疾風のように左右へ走る。
ドラゴンが反応し、首を振って炎を吐く。
ボォォォッ!
熱波が襲う。
カイが私に手をかけた。
「袋! 水だ!」
言われなくても準備している!
私は、さきほど重心移動に使った『水樽』を、出口付近にスタンバイさせていた。
勇者が手を触れた瞬間、樽を押し出す。
ドンッ。
勇者は樽を受け取り、そのままドラゴンの顔面に向かって放り投げた。
「水遁の術ぅ!」
樽が空中で回転し、ドラゴンの吐いた炎と激突する。
ジュワァァァァァッ!!
大量の水蒸気が発生した。
視界が真っ白になる。スチーム・スモークだ。
ドラゴンの視界が遮られた。
「今だ! 目潰し!」
カイの次なるオーダー。
目潰し?
何を使う?
砂か? いや、もっと粘着質で、視界を奪うもの……。
卵だ。
私は、ミミックの舌ハンモックに乗せていた『生卵100個』を一斉に浮遊させた。
100個同時射出。
ショットガン・エッグ。
「オラオラオラァッ!」
カイが私の口をドラゴンの顔に向け、機関銃のように構える。
私は内部から、念動力で卵を次々と発射した。
シュパパパパッ!
霧の中から現れたドラゴンは、突然の卵の雨に襲われた。
ベチャッ! グシャッ!
割れた卵の黄身と白身が、ドラゴンの目や鼻孔にへばりつく。
熱せられたドラゴンの皮膚の上で、卵が瞬時に半熟になり、白く固まって視界を塞ぐ。
「ギャウッ!?」
ドラゴンが嫌がって首を振る。
だが、まだ足りない。トドメの一撃が必要だ。
「レオン! あいつの鼻がきくぞ! 嗅覚を潰せ!」
嗅覚?
そうか、ドラゴンは目でなく鼻で敵を探知できる。
ならば、強烈な匂いで鼻を麻痺させるしかない。
出番だ。
『イワシ50匹(常温保存・熟成中)』。
私はイワシ棚を解放した。
私の内部から声が聞こえた。
『補正データ送信。風向き、北北西。仰角30度で射出すれば、鼻孔に直撃コースです』
(助かるぜ、シルヴィア!)
AIの計算サポート付きだ。
私はイワシの群れを、一匹の巨大な魚雷のように束ね、射出した。
ズババババッ!
銀色の弾丸が、ドラゴンの鼻の穴めがけて吸い込まれていく。
スポッ。スポッ。
生臭いイワシが、ドラゴンの敏感な鼻孔に詰まった。
「グガァァァァッ!!」
ドラゴンがのけぞった。
鼻にイワシを詰められたドラゴンの屈辱たるや、想像を絶するだろう。
目も見えず、鼻も効かず、混乱の極みにある。
「ラストだ! レオン、あいつの喉元を狙え!」
「了解だ! ……だが、鱗が硬い! 何か貫通させるきっかけが欲しい!」
鋭利なもの。
硬いもの。
残っているのは……『ガラスの白鳥』だけだ。
あれを使うのか?
試験官から預かった大事な芸術品を?
いや、違う。
私は思い出した。
私の「隔離エリア」の奥深くに、封印しているものがあることを。
『血塗られた短剣(塩漬け)』。
呪いは塩で封じているが、その切れ味は本物だ。
しかも、塩の塊でコーティングされているため、今は「巨大な岩塩の弾丸」のようになっている。
これだ。
これをレオンに渡すわけにはいかない(呪われるから)。
だが、投擲武器としてなら!
(カイ! 手を出せ! とっておきがある!)
私は念動力を込めて、勇者の腰を叩いた。
カイは私の意図を察した。
「よし、こいつで決める!」
ズドン。
私の口から、白い塩の塊が飛び出した。
中には魔剣が眠っている。
カイはそれをキャッチし、全力でドラゴンの喉元へ投げつけた。
「食らえ! 特製・岩塩魔剣弾!」
ヒュンッ!
塩塊は一直線に飛び、ドラゴンの鱗の隙間に突き刺さった。
バギィッ!
衝撃で塩が砕け散る。
中から現れた黒い刃が、鱗を貫通し、肉に食い込んだ。
そして、露出した魔剣から、再び赤い霧(呪い)が噴き出し、ドラゴンの傷口を侵食し始めた。
「ギャアアアッ……!」
ドラゴンが膝をつく。
呪いのデバフ効果だ。
「今だレオン!」
「はあああッ!」
レオンが跳躍し、白銀の剣をドラゴンの首筋に叩き込んだ。
ズシャッ!
鱗が砕け、鮮血が舞う。
ドォォォォン……。
巨大な竜が、完全に沈黙した。
静寂。
そして、爆発的な歓声。
「す、すげぇ……」
「卵とイワシでドラゴンを倒したぞ!?」
試験官が呆然と立ち尽くし、震える声で宣言した。
「し、試験終了! 見事な……ロジスティクス戦闘術だ!」
勝った。
私たちは、ガラクタと在庫管理の力で、ドラゴンをも凌駕したのだ。
私の内部で、シルヴィアが安堵のため息をついたのがわかった。
『……やるじゃない、ボロ袋さん』
(お前もな、ブランド鞄さん)
私たちは、泥と卵とイワシの匂いにまみれながら、最高の勝利を味わっていた。




