第五章・第6話:密室のベビーシッターと、宝石獣の瞳
「みゅ~!」
私の(勇者の)足元で、その小さな毛玉は必死に鳴いていた。
額に赤い宝石を持つリスのような生き物。
幻獣『カーバンクル』の幼体だ。
希少種中の希少種。なぜこんな泥まみれのコースに?
ドドドドド……。
後ろから後続の冒険者集団が迫ってくる。
このままでは、数十人の男たちのブーツに踏み潰され、ただの毛皮と宝石の破片になってしまう。
「あーもう! 見てらんねえ!」
勇者は立ち止まり、その毛玉をひょいと拾い上げた。
優しい奴だ。だが、どうする?
両手には試験用の水樽と、卵が入ったカゴ(勇者が手持ちに切り替えた分)がある。
これ以上持てない。
「悪い、袋! ちょっとの間だけ預かってくれ!」
またか!
生体収納は規約違反だと言っているだろう!
だが、緊急事態だ。
私は口を広げ、その小さな命を受け入れた。
ポスッ。
カーバンクルは、私が用意したクッション(ミミックの舌で作ったハンモックの余り)の上に着地した。
「みゅ?」
キョロキョロと周囲を見回している。
薄暗い倉庫の中、整列されたポーションや、巨大なリンゴ箱、そして奥にあるゴミ団子などを見て、怯えているようだ。
【入庫:カーバンクル(幼体)】
【状態:恐怖、空腹】
【警告:酸素消費中】
まずい。
ここは密閉空間だ。酸素がないと窒息する。
私は、勇者の腰にぶつかるように激しく揺れ、合図を送った。
(口を完全に閉じるな! 少し隙間を開けておけ!)
「わかってるよ! 紐は緩めとく!」
勇者の理解が早くて助かる。
入り口から新鮮な空気が流れ込んでくる。換気よし。
次は「なだめる」ことだ。
暴れられたら、並べたポーションが倒れる。
私は、試験用の荷物である『イワシ』の中から、一番小さくて食べやすそうな一匹を選び、カーバンクルの前に差し出した。
(ほら、お食べ。サービスだ)
「みゅ!」
カーバンクルは目を輝かせ、イワシに飛びついた。
両手で抱えてムシャムシャと食べる姿は、あざといほど可愛い。
くっ……倉庫番の心が癒やされる。
食べた後、カーバンクルは満足したのか、額の宝石を淡く光らせた。
ポワァァン……。
温かい光が空間を満たす。
すると、どうだろう。
空間内に漂っていた「生臭さ(イワシ由来)」や「カビ臭さ」が、スーッと消えていくではないか。
『浄化の光』。
カーバンクルの固有スキルだ。
なんということだ。
こいつは、ただの荷物ではない。
「自走式・空気清浄機」だ。
しかも脱臭効果付き。
昨日のヘドロ事件以来、染み付いていた悪臭が完全に消滅した。
空気も澄んで、湿度も最適化されている気がする。
(いい子だ。もっと光ってくれ)
私は追加でイワシをもう一匹与えた。
賄賂だ。
公私混同だが、この環境改善効果は手放せない。
外では勇者がラストスパートに入っている。
「行くぞ! ゴールは目の前だ!」
しかし、ゴール手前には最後の難関が待っていた。
『急勾配の崖登り』。
荷物を持ったまま、ロープ一本で崖を登らなければならない。
当然、激しい動きになる。
中のカーバンクルが転がり落ちる危険がある。
私は、即席の「ベビーベッド」を作ることにした。
『勇者のパンツ(洗濯済み)』と『柔らかい布』を組み合わせ、バスケットのような形状にする。
そこにカーバンクルを収め、念動力で空中に固定する。
(揺れるからじっとしてろよ)
「みゅー」
カーバンクルは私の意図を理解したのか、大人しく丸まった。
賢い。
それに比べて、あのライバル鞄『シルヴィア』はどうだ?
まだゴキブリパニックで喚いているんじゃないか?
私は少し優越感に浸りながら、勇者の背中を支えるように重心を調整した。
さあ、登りきれ。
ゴールには、合格と、この子の解放が待っている。




