第五章・第5話:黒い侵入者と、粘着式トラップの逆襲
カサッ。
乾いた着地音が、私の内部空間に響いた。
最悪の異物が侵入した。
『コックローチ・ナイト』。
体長5センチ。黒光りする甲殻。長い触角。そして無駄に発達した脚力。
生理的嫌悪感の頂点に立つ存在だ。
そいつは着地するなり、触角を激しく動かし、獲物を探知した。
ターゲットは『イワシ』。
新鮮なタンパク質の匂いに興奮しているのがわかる。
やめろ!
私の商品に触れるな!
しかも、こいつは単に食べるだけではない。卵を産み付ける可能性がある。
倉庫内で繁殖されたら終わりだ。全焼却処分しかない。
私は念動力で叩き潰そうとした。
だが、速い!
シュバババッ!
残像が見えるほどの速度で床を走り回り、ポーションの棚の裏や、リンゴの木箱の隙間へと逃げ込む。
ここで範囲攻撃をすれば、商品ごと破壊してしまう。
どうする?
殺虫剤はない。燻煙剤もない。
あるのは……『強力な粘着糸の束』だ。
昨日のダンジョンで回収した、ヴェノム・タランチュラの糸。
一度捕らえれば、勇者の腕力ですら抜け出せないほどの強力な粘着力を持つ。
これだ。
「ごきぶりホイホイ」作戦だ。
私は念動力で、粘着糸を床に薄く展開した。
場所は、イワシ置き場の周囲。害虫が必ず通るルートだ。
さらに、囮として、少し傷んだイワシの頭を一つ、糸の中央に配置する。
かかれ。
かかってくれ。
カサカサ……。
物陰から害虫が顔を出した。
触角がピクピクと動く。イワシの匂いに誘われている。
警戒心はあるようだが、食欲が勝ったらしい。
猛ダッシュ!
ベチャッ。
害虫の足が、見えない糸の罠に踏み込んだ。
動きが止まる。
もがけばもがくほど、他の足も絡め取られていく。
タランチュラの糸は伊達じゃない。
捕獲完了。
私は、糸ごと害虫を包み込み、繭のように密封した。
ざまぁみろ。
だが、この汚物をどうする?
隔離エリアに置くのも嫌だ。
その時、外で勇者が叫んだ。
「おいレオン! てめぇ、変なもん投げ込みやがって!」
「おや、気づいたかい? 荷物が増えればハンデになるだろうと思ってね」
レオンが涼しい顔で走っている。
許さん。
勇者も怒っているが、私(袋)の怒りはそれ以上だ。
私の神聖な保管庫を汚した罪は重い。
私は、繭にした害虫ボールを、出口へと装填した。
射出準備完了。
勇者よ、合図をくれ。
「お返しだ! 受け取れ!」
勇者が私の意図を察したように、私をレオンの方へ向けた。
今だ!
――射出!
ポーン。
白い繭が放物線を描いて飛んでいく。
狙いはレオンの顔面……ではなく、彼の腰にある鞄『シルヴィア』の口だ。
「なんだ、ゴミか?」
レオンは手で払おうとしたが、間に合わなかった。
勇者の投げた角度と、私の射出速度が完璧に噛み合い、繭はシルヴィアの口の中へと吸い込まれた。
スポッ。
『きゃああああああ!!』
レオンの鞄から、悲鳴が響いた。
人工知能でも虫は嫌いらしい。
しかも、中に入った瞬間、私の念動力で繭の拘束を解いておいた。
元気なコックローチ・ナイトが、シルヴィアの高級な内装の中で解き放たれる。
『いやぁぁぁ! 中でカサカサしてるぅぅぅ! 気持ち悪いぃぃぃ! デリート! デリートォォォ!』
「うわっ、おいシルヴィア! 暴れるな!」
レオンの鞄が激しく振動し始めた。
内部でパニックを起こしているようだ。
レオンがバランスを崩し、泥に足を取られて転倒した。
「ざまぁみろ!」
勇者がガッツポーズをする。
私も心の中でハイタッチをした。
目には目を、虫には虫を。
これで妨害工作は失敗に終わった。
だが、試験はまだ中盤だ。
次なる試練は、私の「管理者としての倫理観」を問うものだった。
コース脇の草むらから、小さな影が飛び出してきたのだ。
「みゅ?」
子猫……いや、魔獣の子供?
迷子のようだ。




