# 第五章・第4話:煮魚と冷凍卵の狭間で、熱交換器となる私
熱い。
私の外皮(布地)が焦げるような熱波を感じる。
ここはサウナか?
いいえ、灼熱の溶岩地帯エリアです。
勇者は汗だくになりながら走っている。
「あっつ! なんだこれ、死ぬって!」
文句を言いながらも足は止めない。その熱意は買うが、私の内部環境は最悪だ。
外からの熱伝導により、内部温度が急上昇している。
現在の室温、45度。上昇中。
保管庫としては致命的な温度だ。
ターゲットは『イワシ×50匹』。
まだピチピチしていた新鮮な魚たちが、ぐったりとし始めている。
目が白濁し、生臭いドリップが出始めている。
このままでは、ゴールする頃には「発酵した魚のペースト」になっているだろう。
卵も危険だ。温泉卵になってしまう。
冷やせ。
冷却手段はないか?
氷魔法のスクロール? ない。
水樽? 水温も上がってお湯になっている。
断熱だ。
外部からの熱の侵入を遮断するしかない。
私は、空間の外壁(境界線)に意識を集中した。
通常、アイテムボックスの内部は外界と隔離されているはずだが、完全ではないらしい。
布一枚の防御力しかない。
私は、空間の内側に「真空の層」を作ろうと試みた。
魔法瓶の原理だ。真空は熱を伝えない。
――空気よ、退け! 壁際に真空断熱層を展開!
グォォォ……。
精神力が削られる感覚。
だが、効果はあった。
温度上昇のグラフが緩やかになった。
よし、これでなんとか耐え――
「うおっ、今度は寒い!?」
勇者の悲鳴とともに、景色が一変した。
灼熱エリアを抜けた瞬間、そこは氷柱の下がる洞窟だった。
極寒エリア。
気温、マイナス20度。
急激な温度変化。
これが一番ヤバい。
物質は、急に冷やされると収縮し、割れる。
ガラスの白鳥!
サブバッグの中に隠したあれが危ない!
さらに、イワシだ。
さっきまで温まっていた魚が、一瞬で冷凍されると細胞壁が破壊され、解凍した時に味が落ちる。
それに、卵の中身が膨張して殻が割れる。
温めろ!
今度はヒーターが必要だ!
だが、火はない。
あるのは……さっき灼熱エリアで溜め込んだ「熱気」だ。
私は思い出した。
さっき「真空断熱」をする前に、内部に入り込んでしまった45度の熱い空気。
あれを、私は換気せずに「隔離エリア(ゴミ捨て場)」に押し込んで圧縮しておいたのだ。
熱エネルギーの保存。
私は、隔離エリアのバルブを開放した。
プシューッ!
圧縮された熱気が、極寒の空間内に解き放たれる。
一気に室温が上昇する。
マイナス20度の外気に対し、内部は快適な20度をキープ。
成功だ。
私は自分自身を「熱交換器」として機能させたのだ。
廃熱利用。エコだ。
イワシたちも、心なしかホッとした表情で(死んでいるが)横たわっている。
「へっくし! 温度差ありすぎだろ!」
勇者は鼻水を垂らしながら洞窟を抜けた。
外は再び、穏やかな平原エリアだ。
ふぅ……。
最大の危機は去った。
荷物は無事だ。卵も、魚も、ガラスも。
横を見ると、ライバルのレオンも追いついてきていた。
彼の鞄シルヴィアからは、微かに魔力の光が漏れている。
『恒温維持魔法、常時展開中。消費魔力12%』
余裕そうだな。魔法で解決とは優雅なことだ。
こっちは物理法則と知恵で戦ってるんだよ。
だが、レースはまだ終わらない。
平原エリア。
ここでは「妨害」が解禁されるらしい。
レオンが不敵な笑みを浮かべ、懐から何かを取り出した。
それは、小さな黒い粒。
いや、虫だ。
カサカサと動く、黒光りする甲虫。
ゴキブリ……に似た、魔界の害虫『コックローチ・ナイト』。
「悪いね。ちょっと荷物を増やさせてもらうよ」
レオンがそれを投げつけた。
狙いは、私(袋)の口だ!
生物兵器テロだ!




