第五章・第3話:振動する卵と、見えないジャイロスコープ
「第一試験、運搬レース! 位置について……用意、ドン!」
号砲とともに、数十人の冒険者が一斉に飛び出した。
勇者カイの瞬発力は流石だ。一歩目でトップ集団に躍り出る。
隣には、涼しい顔で疾走するレオンがいる。彼の走りは洗練されており、腰の鞄はほとんど揺れていない。まるで慣性制御魔法でもかかっているかのようだ。
対して、我が勇者は。
ドスン! ガシッ! ドスン!
野性味あふれるパワフルな走り。
一歩ごとに地面をえぐり、その衝撃がダイレクトに腰へと伝わってくる。
グワングワン!
私の内部空間は、震度7の激震が連続して発生している状態だ。
そして、今、私の腹の中には「最重要保護対象」が入っている。
・『生卵』×100個(カゴなし、直入れ)
・『新鮮なイワシ』×50匹
・『繊細なガラス細工の白鳥』×1個
試験官から渡されたこれらの荷物を、破損ゼロで運ばなければならない。
無茶だ!
この振動の中で生卵を守れだと?
スクランブルエッグを作る気か!
私は内部カメラ(意識)で卵たちを確認した。
宙を舞っている。
無重力空間の宇宙船内のように、100個の卵が不規則に回転しながら浮遊し、壁や他のアイテムに激突しようとしている。
止めろ!
ぶつかるな!
私は念動力で卵をキャッチしようとするが、数が多すぎる。
あっちを止めればこっちが飛ぶ。
マルチタスクの限界だ。
クッションだ。
衝撃を吸収する緩衝材が必要だ。
私はアイテムリストを検索した。
『勇者の着替え(布)』。ある。
だが、パンツで卵を包むのは食品衛生的に減点対象になりかねない。
他に柔らかいものは……。
……あった。
『ミミックの死骸』の、あの「舌」だ。
弾力性があり、モチモチしている。
あれを網のように広げて、ハンモックを作れば?
私は、サブバッグの陰に隠していたミミックボンテージを解き、舌だけを引き抜いた。
そして、念動力で空間の中央にクモの巣状に展開する。
――キャッチ・ザ・エッグ!
ボヨヨン。
飛んできた卵たちが、紫色の舌のネットに触れ、柔らかく弾かれた。
成功だ。
見た目はグロテスク(ベロの上で転がる卵)だが、衝撃吸収性は抜群だ。
私は全ての卵をこの「ベロ・ハンモック」に集約した。
次はガラス細工だ。
これは一点物。絶対に割れない。
私はこれを、空間内で最も安定している場所――『サブバッグ』の中に隠すことにした。
勇者が勝手に入れたポーションや矢が入っているあのブラックボックスだ。
リスクはあるが、サブバッグ自体がクッションになるかもしれない。
私はガラスの白鳥を、サブバッグの口の隙間からそっと押し込んだ。
(頼むぞ、シルヴィアの妹分。中で守ってくれよ)
その時、外の世界で勇者が叫んだ。
「うおっ! 泥沼だ!」
コース上に泥の海が広がっていた。
足を取られ、バランスを崩す参加者たち。
勇者もまた、泥に足を取られ、大きく体勢を崩した。
グラリ。
転倒する!
もし転んで、袋(私)が地面に叩きつけられたら、中のハンモックも耐えきれずに崩壊する。卵は全滅だ。
転ばせるな!
私は、勇者の腰の位置から、彼の重心を制御しようと試みた。
私の内部にある「重いもの」を移動させることで、モーメントを発生させるのだ。
重いもの……。
昨日の『巨大ゴミ団子』は捨ててしまった。
今ある一番重いものは……『水』だ。
試験用に渡された、飲料水の樽(20キロ)がある。
――バラスト移動! 左舷へ全速!
私は水樽を、勇者が倒れようとしている方向とは逆側(左側)へ、思い切り叩きつけた。
ドンッ!
私の内部で衝撃が発生する。
その反動が、勇者の腰を左へ引っ張った。
「おっとぉ!?」
勇者は不思議な力に引っ張られるようにして、ギリギリで体勢を立て直した。
まるで起き上がり小法師だ。
「危ねえ、なんか腰が勝手に動いたぞ?」
勝手にじゃない。私が操縦しているんだ。
感謝しろ。
横を見ると、レオンも泥沼を通過していた。
彼は泥の上を滑るように……いや、実際に浮いている?
『レビテーション(浮遊)』の魔法か?
鞄のシルヴィアが補助しているのか?
『ふふん、泥遊びなんて野蛮ね』
テレパシーが飛んできた。
くそっ、余裕しゃくしゃくだな。
だが、こっちは泥臭く生き残ってやる。
振動対策よし。転倒回避よし。
だが、次のエリアはさらに過酷だった。
気温の変化だ。
前方に、蜃気楼が揺らめく「灼熱エリア」が見えてきた。
生魚。
腐るぞ。
10分で腐るぞ。




