第五章・第2話:ブランド鞄の高笑いと、ボロ袋の意地
試験当日。
会場となった王都郊外の演習場には、数十人の冒険者が集まっていた。
皆、昇格を目指す猛者たちだ。装備の手入れも行き届いている。
その中でも、一際目立つ男がいた。
白銀の鎧に身を包み、金髪をなびかせた優男。
取り巻きを連れて談笑している姿は、冒険者というより貴族のサロンのようだ。
彼こそが、リサ嬢が言っていたエリート、『銀閃のレオン』だろう。
だが、私が注目したのは彼自身ではない。
彼の腰に巻かれた、純白の革で作られた美しい鞄だ。
金糸で刺繍が施され、留め具にはミスリルが使われている。
見るからに高級品だ。
『聖カタリナ工房製・ハイエンドモデル』といったところか。
勇者カイが、気後れすることなくその集団に近づいていく。
おい、やめろ。喧嘩を売るなよ。
「よう、あんたがレオンか? 俺はカイだ。よろしくな」
レオンは、勇者を一瞥し、フッと鼻で笑った。
「カイ……? ああ、聞いたことがあるよ。ダンジョンでゴミ拾いをして小銭を稼いでいる貧乏冒険者だね」
失礼な奴だ。
ゴミ拾いじゃない。リサイクルだ。
そして、レオンの視線は私(袋)に向けられた。
「なんだい、その汚い袋は。雑巾を縫い合わせたのか?」
カチンと来た。
雑巾じゃない。歴戦の勇者の装備品袋だ。
確かにシミはある。ヘドロの跡も、血の跡も、焦げ跡もある。
だが、それは勲章だ(汚れです)。
「俺の相棒を馬鹿にすんなよ。こいつは最高のアイテムボックスだ」
「最高? ハッ、笑わせる。僕の『シルヴィア』の前でそれが言えるかい?」
レオンが腰の鞄を愛おしげに撫でた。
シルヴィア。名前付きかよ。
その時。
私の脳内に、直接響く声があった。
『……聞こえる? そこの薄汚い布切れさん』
え?
テレパシー!?
声の主は、間違いなく目の前の白い鞄だ。
鈴を転がすような、しかし底冷えするほど冷徹な女性の声。
『私はシルヴィア。最新型の人工知能搭載型・亜空間収納鞄よ。あなたのような旧式の「ただの袋」とはモノが違うの』
AI搭載!?
マジか。異世界の技術力どうなってるんだ。
いや、私も元人間だから知能はあるぞ。負けてないぞ。
(……聞こえているよ。新入りのお嬢さん)
私は念話で返してみた。
できるか不安だったが、意識を向けるだけで通じたようだ。
『あら、意思疎通モジュールくらいは積んでいるのね。でも、無駄よ。私の演算能力はあなたの数千倍。収納速度、検索精度、環境制御、すべてにおいて私が上』
シルヴィアが高らかに宣言する。
『私のマスター・レオンは完璧。あなたのマスターは……うふふ、見るからに低スペックね。お似合いのポンコツコンビだわ』
こいつ……!
袋の分際で、持ち主ごとディスってきやがった。
許さん。
私のプライドにかけて、この高飛車なブランド鞄に一泡吹かせてやる。
「おい、そこまで言うなら勝負しようぜ!」
勇者が叫んだ。
私の怒りが伝わったのか、単に自分が馬鹿にされて腹が立ったのか。
「いいだろう。試験の前に、格の違いを教えてあげるよ」
レオンが指を鳴らした。
彼の取り巻きが、大量の木箱を持ってきた。
中身は、バラバラのコイン(銅貨)だ。数千枚はある。
「これを一瞬で収納し、かつ『金額を正確にカウント』して取り出す。できるかい?」
収納速度と計算能力のテストか。
レオンが鞄を開く。
「シルヴィア、頼む」
『イエス、マスター』
ザララララッ!
レオンがコインの山に手をかざすと、コインが生き物のように白い鞄へと吸い込まれていった。
魔法による吸引機能付きか! 反則だろ!
数秒で収納完了。
そして即座に、レオンが手をかざす。
「アウトプット」
『合計2584枚。整列排出』
ジャラララッ!
コインが10枚ずつの柱となって綺麗に積み上げられた状態で排出された。
速い。正確だ。
周囲から「おおっ!」という歓声が上がる。
「どうだい? 次は君の番だ」
レオンがニヤリと笑う。
勇者が私を見る。
「……できるよな? 相棒」
できるか?
吸引機能なんてないぞ。
計算機能は……私の脳内そろばんでやるしかない。
整列排出は……気合だ。
やってやる。
私は覚悟を決めた。
「いくぞ! オラァッ!」
勇者がコインの山に私(袋)を突っ込んだ。
物理!
吸引じゃなくて、物理的に掬い上げる!
泥臭い!
ガサッ、ガサッ。
コインが入ってくる。
私は必死にカウントした。
1、2、3……200、300……早すぎる!
ええい、まとめて『結合』して重量測定だ! 一枚の重さから枚数を逆算!
【総重量÷単位重量=推定2584枚】
合った!
次は排出だ。
10枚積み? そんなちまちましたことやってられるか!
私はコインを内部で巨大な円柱状に結合させた。
一本の長い棒金のように!
「出ろぉぉぉッ!」
ズドォォン!!
私の口から、高さ3メートルにもなる銅貨の塔が、一本の柱として射出された。
地面に突き刺さる銅貨タワー。
微動だにしない。
私が内部で「結合」スキルで固めているからだ。
「……なっ!?」
レオンの目が点になった。
シルヴィアの波動も揺らいだ。
『な、何あれ……野蛮……!』
「へへん、どうだ! 数える手間も省ける『一本化』だぜ!」
勇者が胸を張る。
勝った。
スマートさでは完敗だが、インパクトでは勝った。
試験官がホイッスルを吹く。
「そこまで! 試験を開始する!」
前哨戦は引き分け(ということにしておこう)。
だが、本番はこれからだ。
運搬レース。
そこには、単なる計算能力だけでは乗り越えられない、泥臭いトラブルが待っているはずだ。




