第四章・第5話(終):毒蜘蛛と、再利用された悪食の箱
地響きとともに現れたのは、悪夢を具現化したような怪物だった。
『ヴェノム・タランチュラ』。
馬車ほどの大きさがある胴体。剛毛に覆われた八本の脚。そして、滴る毒液で地面を溶かす巨大な牙。
八つの複眼が、ギラギラと勇者を睨みつけている。
「デカすぎだろ……! だが、やるしかねえ!」
勇者はメインウェポンの剣を構え、突っ込んだ。
キンッ!
硬い甲高い音が響く。
剣が、蜘蛛の脚の甲殻に弾かれたのだ。
硬すぎる。鉄をも通さない強度だ。
「嘘だろ!? 弾かれた!?」
勇者が怯んだ隙を、蜘蛛は見逃さなかった。
シュッ!
口から白い糸の塊を吐き出す。
勇者はとっさに盾で防御したが、糸は盾にへばりつき、さらに勇者の左腕ごと巻き込んだ。
「しまっ……盾が!」
蜘蛛が糸を引く。
勇者の体勢が崩れ、盾を持ったまま引きずられる。
このままでは捕食される。
勇者は苦渋の決断で、盾のベルトを外し、左腕を抜いた。
盾は蜘蛛の方へ飛んでいき、バリバリと噛み砕かれた。
武器は弾かれ、盾は失った。
絶体絶命だ。
「くそっ、何か……何か使えるものはないか!?」
勇者が叫びながら後退する。
その視線が、腰の私(袋)に向けられた。
「袋! 武器だ! 盾だ! 何でもいいから出せ!」
無茶振りだ。
私は在庫リストを高速スキャンした。
・『錆びた鉄の剣』:攻撃力不足。
・『血塗られた短剣』:塩漬け封印中。出せば呪いで全滅。
・『ポーション』:回復用。攻撃は防げない。
・『リンゴの木箱』:一撃で粉砕されるだろう。
ない。
蜘蛛の攻撃を防ぎ、かつ反撃の糸口になるようなアイテムなど……。
……待てよ。
ある。
硬くて、凶暴で、私の空間内で邪魔で仕方なかった「あれ」が。
『ミミックの死骸(ボンテージ仕様)』。
鉄並みの硬度を持つ木材の外殻。
そして、死してなお食欲を失わない、ゾンビ化した顎。
さっき私の内部で骨を齧っていたあいつだ。
使える。
こいつを「盾」として射出し、蜘蛛にぶつける。
そして、蜘蛛がそれに気を取られた隙に、噛みつかせれば……!
私は覚悟を決めた。
行け、ミミック!
私の中のお化け屋敷要員よ、今こそ役に立て!
私は、サブバッグの陰に隠していたミミックの塊を、念動力で引きずり出した。
舌でグルグル巻きにされたままの、哀れな姿。
だが、その口はまだパクパクと動いている。
――緊急射出!
――ターゲット:蜘蛛の顔面!
ズボォッ!
勇者の目の前に、紫色の紐(舌)で縛られた木箱の塊が飛び出した。
勇者は驚いたが、反射的にそれを掴んだ。
いや、掴もうとして、その異様さに気づいた。
「なんだこれ!? ミミック!? しかも縛られてる!?」
説明している暇はない。
蜘蛛が毒牙を剥き出しにして迫ってきている。
勇者は叫んだ。
「ええい、ままよ! 食らえっ!」
勇者はそのミミック爆弾を、砲丸投げの要領で蜘蛛の顔面へ投げつけた。
ブンッ!
回転しながら飛んでいくミミック。
蜘蛛はそれを迎撃しようと、牙を開いた。
だが、それが運の尽きだった。
空中で、ミミックを縛っていた舌の結び目が、回転の遠心力で緩んだのだ。
スルッ。
拘束が解けた。
パカッ!
ミミックの蓋が全開になった。
そして、目の前に現れた蜘蛛の「柔らかな口吻」に、ミミックの本能が反応した。
(エサだ!)
ガブゥッ!!
激突の瞬間、ミミックは蜘蛛の顔面に噛みついた。
深く、強く。
蜘蛛の牙ごと、その口を封じるように。
「ギシャアアアアアッ!!」
蜘蛛が苦痛の悲鳴を上げた。
顔面に木箱が食らいついているのだ。
前が見えない。毒も吐けない。
蜘蛛は狂ったように暴れまわった。
「すげぇ……! 同士討ちかよ!」
勇者はその光景に呆気に取られたが、すぐに好機と理解した。
蜘蛛の腹部、甲殻の薄い部分がガラ空きだ。
「今だ! トドメだぁぁぁッ!」
勇者は折れかけた剣を両手で握りしめ、全力で突進した。
ズプッ!
剣が蜘蛛の急所を貫く。
ドサァッ……。
巨大な蜘蛛が崩れ落ちた。
顔面には、未だにミミックがしっかりと噛み付いたままだ。
勝った。
私の在庫処分品が、MVP級の働きをしたのだ。
「はぁ……はぁ……。やったか……」
勇者はその場にへたり込んだ。
そして、私をポンポンと叩いた。
「お前、いいもん持ってたな。まさかミミックを飼い慣らしてたとは」
飼い慣らしてない。
勝手に住み着いていただけだ。
だが、結果オーライだ。
私は、戦場に散らばった残骸を見渡した。
・蜘蛛の死体(素材の宝庫)
・ミミックの残骸(破損、再利用不可?)
・壊れた盾
・折れた剣
これらを……また収納するのか?
蜘蛛の死体はデカすぎる。解体が必要だ。
毒腺もある。危険だ。
ミミックは……もう十分働いただろう。ここで埋葬してやろう。
勇者は立ち上がり、蜘蛛の死体にナイフを入れた。
「よし、毒袋と、脚の甲殻と、糸袋を回収するぞ。高く売れるぜ!」
ああ、また汚い素材が増える。
だが、私はもう以前ほど絶望していなかった。
酸を瓶に詰め、呪いを塩で封じ、敵を在庫で倒した私だ。
蜘蛛の毒くらい、なんとでもなるだろう。
私は覚悟を決めて口を開けた。
さあ、来い。
私の胃袋(容量無限)は、まだまだ余裕があるぞ。




