第四章・第3話:偽りの黄金と、死してもなお食らう箱
通路の突き当たりに、それは鎮座していた。
金色の装飾が施された、重厚なマホガニーの宝箱。
薄暗いダンジョンの中で、そこだけスポットライトが当たっているかのように誘惑的な輝きを放っている。
「っしゃあ! 宝箱発見!」
勇者のテンションが最高潮に達した。
足取りも軽く、小走りで箱へ向かう。
待て、カイ。
怪しすぎる。
こんな道のど真ん中に、罠もなしに宝箱が置いてあるわけがない。
私の「収納者としての勘」が警鐘を鳴らしている。あの箱の形状、蝶番の位置、そして何より漂ってくる微かな「生体反応」。
あれは家具ではない。生物だ。
だが、私に声を伝える術はない。
勇者は無防備に手を伸ばし、蓋に手をかけた。
「中身は何かな~? 金貨か? 魔法の剣か?」
ギィィィ……。
蓋が開く音。
しかし、そこから見えたのは黄金の輝きではなかった。
肉色の粘膜と、ビッシリと並んだ鋭利な牙。
そして、獲物を待ちわびていたドロドロの涎。
「ギャアアアアッ!!」
箱が叫んだ。
いや、咆哮とともに噛み付いてきたのだ。
ミミックだ!
「うおっ!?」
勇者は反射的に仰け反った。
鼻先数センチのところを、巨大な顎が空を切る。
バチンッ!
閉じた時の衝撃音だけで、骨くらい簡単に砕けそうな威力だ。
「ちくしょう、騙しやがって! この偽物野郎!」
勇者は怒りに任せて剣を叩きつけた。
ガガンッ!
硬い。
ミミックの外殻は、鉄並みの硬度を持つ木材(あるいは骨)でできている。
さらに、箱の中から巨大な舌が飛び出し、勇者の足を絡め取ろうとする。
「気持ちわりぃ舌だな! オラァッ!」
戦闘は泥沼化した。
勇者は物理で殴り、魔法で燃やし、最後には蓋の蝶番を破壊して無理やりこじ開けるという荒技で、ミミックを沈黙させた。
ドサッ。
動かなくなったミミックの残骸。
半壊した木箱、散らばった牙、そしてダラリと垂れ下がった紫色の長い舌。
「ふぅ……。期待させやがって。中身は空っぽかよ」
勇者はがっかりした様子だが、すぐに切り替えた。
転んでもただでは起きないのが冒険者だ。
「ま、この箱の木材は硬くていい素材になるし、牙もナイフの材料になる。舌も……何かに使えるだろ。持って帰るか」
持って帰る。
つまり、収納する。
「収納箱」を、「収納袋(私)」に入れる。
なんという皮肉な構図だ。
共食いじゃないか。
ガバッ。
私の口が開けられた。
ミミックの残骸が、バラバラと投げ込まれる。
木片、金具、牙。
そして最後に、あのヌルヌルした巨大な舌。
【入庫:ミミックの死骸一式】
【警告:微弱な生体エネルギー残留】
嫌な予感がした。
魔物の肉体は、死後も反射的に動くことがある。
特にミミックのような執念深いモンスターは、「飲み込む」という本能が細胞レベルで刻まれているかもしれない。
私は、投げ込まれたミミックの「口(蓋と本体の一部)」を、隔離エリアの近くに配置した。
なるべく他のアイテムから離そう。
そう思って、念動力で位置を調整していた時だ。
パクッ。
音がした。
ミミックの蓋が、わずかに開閉したのだ。
死んでいるはずなのに。
痙攣か?
その近くには、先ほど勇者が投げ込んだ「骨(スケルトンの肋骨)」が一本転がっていた。
ミミックの残骸が、尺取り虫のようにジリジリと動く。
そして、その骨に近づき――
ガブッ。
ムシャムシャ。
食べた。
食べたぞ!
死骸が、骨を食べている!
消化能力があるのかは不明だが、物理的に噛み砕き、飲み込んでいる。
恐怖。
ゾンビ・ボックスだ。
もしこいつが、私の大事なポーションや、スライムの核(瓶詰め)を食べ始めたら?
瓶ごと噛み砕かれたら、酸とガラス片が飛び散る大惨事になる。
隔離だ。完全隔離が必要だ。
だが、どうやって?
動く死骸を閉じ込める檻なんてない。
縛るか?
ロープ……は、テントと一緒に外に出してしまった。
残っている紐状のものは……。
ミミック自身の「舌」だ。
あの長くて弾力のある舌。
あれで、ミミック自身を縛り上げればいいのではないか?
亀甲縛りのように!
私は、近くに転がっていたミミックの舌(切断済み)を念動力で操った。
まるで蛇のように宙を舞わせ、パクパクと動く本体に巻き付ける。
グルグルグル。
蓋が開かないように、何重にも巻き付け、最後に固く結ぶ。
ギュッ。
ミミックの残骸は、自分の舌で自分を拘束され、もごもごと動くだけの肉塊と化した。
自縄自縛。
哀れな姿だ。
私はその「ミミック・ボンテージ・パック」を、空間の隅、例の『サブバッグ』の陰に隠すように置いた。
ここなら、動いてもサブバッグにぶつかるだけだ。
サブバッグなら多少噛まれても……いや、よくはないが、中身が漏れるよりはマシだ。
「カサ……コソ……」
隅の方で、ミミックが蠢く音がする。
私の内部空間は、お化け屋敷としての完成度を着実に高めていた。
勇者は気づかない。
「よし、次はもっといい宝箱を探すぞ!」
元気なものだ。
次に見つけるのが、呪われたアイテムでないことを祈るばかりだ。




