第四章・第2話:溶解する脅威と、リサイクル精神の勝利
ペチャッ。
天井から、水音とともに何かが落ちてきた。
半透明の緑色をした、ゼリー状の物体。
スライムだ。
ファンタジーRPGでは最弱の代名詞だが、現実(異世界)におけるスライムは、物理攻撃を無効化し、装備を腐食させる厄介な敵だ。
「げっ、酸スライムかよ! 一番嫌いなタイプだ!」
勇者が剣を構えるが、踏み込めない。
下手に斬りつければ、愛剣の刃がボロボロに刃こぼれしてしまうからだ。
スライムは身体を変形させ、触手のように伸ばして攻撃してくる。
ジュッ!
勇者の盾に酸が触れ、白い煙が上がった。
表面の塗装が焼け焦げ、鉄の地肌が溶けていく匂い。
酸っぱいような、刺激臭が私のセンサーにも届く。
危険だ。
あんなものが私の内部に入ってきたら、アイテムどころか私自身(袋の生地)に穴が開く。
『胃に穴が開く』という慣用句があるが、物理的に底が抜けるのは勘弁願いたい。
「くそっ、魔法で焼くしかねえか! ファイア!」
勇者が掌から小さな火球を放つ。
ボッ!
スライムの水分が一瞬で沸騰し、体が弾け飛んだ。
中心にあった「核」が剥き出しになり、コロコロと地面に転がる。
「ふぅ、危ねえ危ねえ。で、戦利品は……このコアだな」
勇者が核を拾い上げた。
ビー玉ほどの大きさの、綺麗な緑色の石。
だが、その表面には、まだたっぷりとスライムの体液(強酸性)が付着しており、糸を引いている。
勇者は革手袋をしているから平気そうだが、それをそのまま袋に入れる気か?
「よし、袋へポイッとな」
やっぱりか!
考えろ! 酸だぞ!
他のアイテムが溶ける! さっき整理した骨も溶ける! サブバッグも溶ける!
私は必死に対策を探した。
隔離エリア? いや、酸は液体だ。流れる。床を溶かす。
必要なのは「耐酸性の容器」だ。
そんなもの、この倉庫にあるか?
木箱? 溶ける。
布袋? 溶ける。
鉄鍋? 溶ける。
……ガラス。
ガラスなら、酸に強いはずだ(フッ化水素酸でなければ)。
ガラス瓶。
ポーションの瓶!
私は、あの『サブバッグ』の中に意識を向けた。
さっき液漏れしていたということは、中には「中身が空になった瓶」があるはずだ。
あるいは、割れていなければの話だが。
私はサブバッグの口(紐で縛られているが、内側からの干渉ならあるいは?)に意識を集中させた。
見えない中身を探る。
あった。
手触り(念動触覚)でわかる。
一本、軽くなっている瓶がある。
中身が漏れて空になった瓶だ。
私はスキル『抽出』を、サブバッグ内部の特定オブジェクトに対して発動させた。
本来なら見えない場所への干渉は難しいが、緊急事態だ。火事場の馬鹿力ならぬ、酸事場の馬鹿力だ。
――出てこい、空き瓶!
ポンッ。
サブバッグの口の隙間から、一本のガラス瓶が飛び出した。
中身は空っぽ。コルク栓がついている。
タイミングは完璧だった。
勇者がスライムの核を投げ入れた、その瞬間。
私は空中でガラス瓶を操作し、その口(広口ではないが、核が入るギリギリのサイズ)を、落下してくる核に向けた。
ホールインワンを狙う。
核の直径、約15ミリ。
瓶の口径、約18ミリ。
猶予は3ミリ。
――入れぇッ!
スポッ。
奇跡が起きた。
粘液を纏った核は、吸い込まれるようにガラス瓶の中へと滑り落ちた。
瓶の底に、カツンと当たる音。
そして、一緒に入った酸性の粘液が、ガラスの内側に付着する。
溶けない。
ガラスは無事だ。
すかさず、私は空中に浮いていたコルク栓を、念動力で押し込んだ。
キュッ。
密閉完了。
チャポン。
瓶の中で、少量の粘液と共に核が揺れている。
これなら安全だ。
液漏れもしないし、他のアイテムを腐食させることもない。
私は安堵のため息をつき、その「核入り瓶」を、ポーション棚(サブバッグに入れられる前に作っていた棚を再構築中)の端にそっと置いた。
【生成アイテム:スライム核の標本(瓶詰め)】
危険度:封印済みにより低。
勝った。
私は酸の恐怖に打ち勝ったのだ。
しかも、廃品(空き瓶)利用というエコな解決策で。
だが、勇者は何も気づいていない。
「ん? なんかカチンって音がしたな。まあいいや」
彼はそのまま、次の獲物を求めて歩き出した。
私は誇らしげに、瓶の中の核を見つめた。
それは薄暗い空間の中で、緑色の微かな光を放っていた。
インテリアとしても悪くないかもしれない。
しかし、ダンジョンの奥には、さらなる悪意が待ち受けていた。
物欲センサーを逆撫でする、あのトラップモンスターが。




