第四章:ダンジョンの闇と、呪われた在庫管理
湿った冷気が、布地(外皮)を通して伝わってくる。
ここが『忘却の地下迷宮』。
地下特有のカビ臭さと、古い石材の匂い。そして、どこからともなく漂う死の気配。
私のセンサー(嗅覚認識)にとっては、あまり歓迎できない環境だ。
勇者は松明を片手に、慎重に歩を進めている。
その揺れる炎の明かりが、私の内部空間にも間接的に影響しているのか、心なしか内部も薄暗く感じられた。
「カサカサ……」
前方の闇から、乾いた音が響く。
現れたのは、白い人骨の集団。スケルトンだ。
錆びた剣や槍を持ち、カタカタと顎を鳴らして迫ってくる。
「へっ、雑魚かよ。ウォーミングアップに丁度いい!」
勇者は剣を抜き、躊躇なく踏み込んだ。
ガシャーン! バキッ!
戦闘は一方的だった。乾燥した骨たちは、勇者の剛剣の一撃で容易に粉砕され、ただのカルシウムの塊へと還っていった。
「ふぅ。さて、ドロップ品はあるかな」
勇者は散らばった骨の山をあさり始めた。
魔石はないようだ。
だが、勇者は大腿骨(太ももの骨)を一本拾い上げた。
「お、丈夫そうな骨だな。これ、武器の素材とか、あるいは粉にして肥料として売れるかもな」
拾うのか。
骨を。
死者の遺骨を。
倫理的な問題はさておき、形状的な問題が大きい。
大腿骨。長さ約40センチ。両端が膨らんだ棒状の物体。
これを1本ならまだいい。だが、勇者は次々と骨を拾い始めた。
「肋骨も拾っとくか。頭蓋骨は……嵩張るけど、まあ記念に」
やめてくれ。
頭蓋骨を記念品にするな。
そして、私の口が開けられた。
ガラララッ。
乾いた音とともに、大量の骨が投げ込まれた。
大腿骨、肋骨、尺骨、頭蓋骨。
それらが、私の内部空間に山積みになっていく。
【入庫:人骨(部分)×24】
【状態:乾燥、汚れあり】
私はため息をついた。
骨というのは、非常に収納効率が悪い。
テトリスで言えば、あの「S字ブロック」や「T字ブロック」ばかりが降ってくるようなものだ。隙間だらけになる。
しかも、肋骨のようにカーブした形状は、他のアイテムに引っかかりやすい。
私は念動力で、骨たちの整理を開始した。
「骨格標本」のように組み立て直すのは無理だが、種類別に分けることはできる。
長い骨は束ねて縦置きに。
細かい骨は頭蓋骨の中に収納する(骨壺方式)。
よし、これで少しはコンパクトになった。
しかし、作業中に気になったことがある。
私の内部に鎮座する、あの『サブバッグ_01』だ。
勇者がポーションを詰め込んだ、あのブラックボックス。
その底の部分が、心なしか……湿っていないか?
私はセンサーを集中させた。
サブバッグの革の底面。
そこから、じわりと青い液体が滲み出ているように見える。
そして、その液体が、私がせっかく整理した骨の山の方へ向かって、床を伝ってきている。
ポーション漏れだ。
やはり割れていたのか!
あるいは、蓋が緩んでいたのか!
青い液体は、床のグリッド線を濡らしながら、ゆっくりと拡大していく。
粘度のある回復薬。
それが骨に染み込んだらどうなる?
「聖属性」を帯びた骨になるのか? それとも、カビの温床になるのか?
拭きたい。
雑巾が欲しい。
だが、私にあるのは、昨日の「ゴミ団子」と、先ほど入れたばかりの「勇者の私物(着替え)」だけだ。
着替えを使うか?
いや、勇者のシャツで床を拭くわけにはいかない。
私は焦った。
このままでは、骨が青く染まり、異臭を放ち始める。
どうする?
液体の進行を止める土手を作るか?
何で?
骨で?
そうだ。
私は、さっき入ってきた「粉々になった細かい骨片」に目をつけた。
骨粉だ。
これを堤防のように盛り上げれば、液体を吸着して止められるかもしれない。
――作戦変更。骨粉による吸水バリア展開!
私は念動力で、床に散らばる骨の破片や粉を集め、青い液体の進行方向にラインを引いた。
まるでスポーツグラウンドの白線引きのように。
ジワッ。
青い液体が、骨粉のラインに到達した。
骨の多孔質構造が、液体を吸い上げる。
白い粉が、青く変色していく。
止まった。
成功だ。
被害は最小限に食い止められた。
だが、これは一時しのぎに過ぎない。
サブバッグの中では、まだポーションが漏れ続けているかもしれないのだ。
元栓(割れた瓶)を閉めなければ、いつか決壊する。
勇者よ、頼むから早く気づいてくれ。
お前の背中のバッグの中で、ポーション代(銅貨5枚×数本)がドブに捨てられていることに。
「よし、骨拾い完了! 先へ進むぞ!」
勇者は気づかない。
私の内部で起きている水漏れ事故など知る由もなく、さらに奥へと足を踏み入れた。
ピチャ。
サブバッグから、また一滴、青い雫が落ちた音がした。




