第三章・第3話:市場のテトリスと、ガラス瓶のオーケストラ
王都の市場は、色と音の洪水だった。
威勢のいい商人の声、焼きたてのパンの香り、そして山積みになった商品の数々。
消費意欲を刺激するこの空間は、物流倉庫(私)にとっては「入庫待ちの山」に他ならない。
「よーし、まずはポーションだ。安売りしてるな!」
勇者が露店に立ち止まる。
そこには、怪しげな青い液体が入ったガラス瓶が、木箱に乱雑に詰め込まれていた。
『下級ポーション:1本につき銅貨5枚。まとめ買いでお得!』
「おやじ、ここにある50本、全部くれ!」
「へい、まいど! 袋に入れてくかい?」
「いや、こっちのアイテムボックスに入れるから、そのまま渡してくれ」
勇者が私の口を広げる。
商人は慣れた手つきで、ガラス瓶を両手に掴み、次々と放り込み始めた。
カチャン、カチャン、カチャン……。
ガラスの触れ合う音が連続する。
50本だ。
割れ物だ。
しかも、緩衝材なし(ノー・パッキング)だ。
【入庫アラート:易損品×50】
【タスク:破損防止、及び整列配置】
私は集中力を極限まで高めた。
落ちてくる瓶を、そのまま床に激突させてはいけない。
念動力で空中でキャッチし、減速させ、そして並べるのだ。
座標設定、X軸100から200のエリアを「薬品棚」と定義する。
一本目、X101に配置。
二本目、X103に配置。
瓶同士が触れ合わないよう、2ミリメートルの隙間を確保せよ。
私の意識の中で、見えないアームが高速で動く。
ヒュッ、ピタッ。ヒュッ、ピタッ。
次々と空中で静止していく青い瓶たち。
まるで、空中に透明な棚があるかのように、10本×5列の美しい隊列が形成されていく。
美しい。
これだ。この整然とした並びこそが物流の美学だ。
だが、商人の手は止まらない。ペースが上がる。
カチャチャチャチャ!
4本同時に投げ込まれた!
マルチタスク処理だ!
右舷、左舷、中央、上空! 全方位キャッチ!
ふぅ……。なんとか50本、全て割らずに並べきった。
空中に浮かぶ50個の青い光。幻想的ですらある。
達成感に浸る間もなく、勇者は次の店へと移動していた。
「次は矢だ! 消耗品だからな、100本くらい買っとくか!」
武器屋の露店。
そこには、束ねられていない矢が樽に突っ込まれていた。
勇者はそれを鷲掴みにし、文字通り「投げ入れる」スタイルで投入してきた。
バララララッ!
100本の矢が、雨のように降ってくる。
先端は鉄の鏃。後ろには鳥の羽根。
これがバラバラの向きで落ちてくれば、互いに絡まり合い、取り出す時に知恵の輪状態になるのは必至だ。
さらに、さっき並べたポーションの瓶に当たれば大惨事だ。
――全機、迎撃態勢!
――スキル発動『自動整列』!
私は、空間内の重力ベクトルを局所的に操作した。
矢の「重心」と「向き」を検知し、すべてを同じ方向(鏃を奥)に揃える。
クルッ、クルッ、クルッ。
空中で舞う100本の矢が、一斉に回転し、魚群のように整列する。
そして、座標設定。
「薬品棚」の上層、Z軸プラス50のエリアを「弾薬庫」とする。
ズシャァァァァッ!
100本の矢が、空中の見えないコンテナに吸い込まれるように集積された。
10本ずつ束ねるイメージで、ギュッと圧縮。
完璧だ。
「おっ、リンゴが美味そうだな。木箱ごとくれ!」
次は青果店だ。
勇者の暴走は止まらない。
リンゴが詰まった木箱(推定20キログラム)が、私の口を強引に通過しようとしてくる。
ゴゴゴゴ……。
でかい。
入り口ギリギリだ。
木箱の角が、私の口の内側(入り口付近の空間)を擦る。
そして、ドスンと落下してきた。
この巨大な直方体をどこに置く?
ポーションの棚の上? 潰れる。
矢の下? 取り出しにくい。
床? 床にはまだ、昨日の「泥団子」の跡地や、勇者のパンツなどが散乱している。
私は、空間内のレイアウトを瞬時に再計算した。
デッドスペースの活用だ。
あの忌まわしき『廃棄予定_混合ゴミ_01』(ヘドロ融合体)がある隔離エリア。
あそこは臭いが、物理的なスペースは空いている。
だが、食料をゴミの近くに置くのは衛生的にアウトだ。
ならば、階層化だ。
私は念動力で、見えない「中二階」を作った。
床から2メートルの高さに、リンゴの木箱を浮遊固定する。
ここなら下の汚れもつかないし、ポーションとも干渉しない。
ふわり。
木箱が指定位置に収まる。
3Dテトリス、成功。
「ふぅ……。こんなもんか」
勇者は満足げに手をパンパンと叩いた。
買い出し終了か。
私は安堵のため息をついた。
現在の私の内部空間は、かつてないほどの秩序に満ちていた。
・左舷:ポーション50本(整列済み)
・上空:矢100本(束ね済み)
・中空:リンゴ木箱(浮遊)
・右舷奥:ゴミと私物(隔離済み)
見てくれ、この美しい在庫状況を。
これなら、いつ何を取り出されても、瞬時に提供できる。
私は「倉庫番」としての自信を取り戻しつつあった。
私はただの袋ではない。
高機能物流システムなのだ。
勇者は、重くなった私(中身の重量は軽減される魔法効果があるようだが、ゼロではない)を腰にぶら下げ、人混みの中を歩き出した。
「さて、宿を探す前に、裏通りで情報収集でもするか」
裏通り。
その言葉に、私のセンサーが微かな警報を鳴らした。
王都の裏通り。
そこは、治安の悪いエリアだ。
そして、人混み。
私は気づいていなかった。
整列させることに夢中で、外側への警戒が疎かになっていたことを。
スッ……。
人混みに紛れて、誰かの手が伸びてきた。
勇者の手ではない。
細く、しなやかで、素早い手。
それが、私の口の隙間から、音もなく侵入してきたのだ。
侵入者あり。
盗っ人だ!




