第三章:王都の洗礼と、市場価値という名のカオス
石造りの巨大な城壁が見えてきた。
王都だ。
灰色の石積みは整然としており、幾何学的な美しさを感じさせる。あの壁の目地の一つ一つに、職人のこだわりと「規格」が存在するのだと思うと、私は親近感を覚えずにいられなかった。
だが、その秩序ある壁の手前には、無秩序な行列が形成されていた。
人、馬車、家畜、行商人。
王都へ入ろうとする者たちが、長蛇の列を作っているのだ。
列は遅々として進まない。原因は、城門で行われている厳重な「検問」だった。
「おい、次の奴! 荷物を見せろ!」
衛兵の怒鳴り声が聞こえる。
厳しい。
どうやら、最近テロや犯罪が増えているのか、あるいは単に衛兵の機嫌が悪いのか、持ち物検査が徹底されているようだ。
私の内部(心)に緊張が走った。
マズい。
非常にマズい。
現在の私の在庫状況をおさらいしよう。
・錆びた鉄の剣(粉っぽい)
・テント(生乾き)
・勇者の私物(洗濯していないパンツ含む)
ここまではいい。汚いが、犯罪ではない。
問題は、隔離エリアにある「アレ」だ。
『廃棄予定_混合ゴミ_01』。
すなわち、ヘドロと潰れた薬草と、腐りかけのオークの睾丸が融合した、あの前衛芸術作品だ。
昨日の雨と、私の「水団子作成」による湿度の変化を経て、あのオブジェはさらなる進化を遂げている。
具体的に言うと、発酵したようなガスが発生し、異臭を放ち始めているのだ。
もし、衛兵が袋の中を覗き込み、あのグロテスクな塊を見たらどうなるか?
1.危険な魔法生物の死体持ち込みとして逮捕。
2.伝染病の感染源として焼却処分。
3.単に「臭すぎる」という理由で入街拒否。
どれもバッドエンドだ。
特に「焼却」は困る。私は燃やされたくない。
「次は俺か……めんどくせーな」
勇者が舌打ちをした。
行列が進み、ついに私たちの番が来た。
目の前には、険しい顔をした髭面の衛兵が立っている。手には槍を持っている。
「身分証を見せろ。……冒険者か。名前は?」
「カイだ。ランクはD」
「ふん、Dランクか。で、危険物は持ってないだろうな? 麻薬草、爆裂石、未登録の魔道具……」
衛兵の目が光る。
そして、その視線が勇者の腰――つまり私――に向けられた。
「その袋、アイテムボックスだな? 中身を確認させろ」
来た!
指名手配だ!
勇者は面倒くさそうに、私の口を開けた。
「へいへい、どうぞ。大したもの入ってねーけど」
ガバッ。
光が差し込む。
衛兵が顔を近づけてくる。その巨大な鼻孔が、私の入り口のすぐ近くで膨らんだ。
クンクン。
「……ん? なんだこの匂いは」
衛兵が眉をひそめた。
バレた。
異臭騒ぎだ。
奥の方から漂う、腐敗臭とアンモニア臭のハーモニー。
「なんか、生ゴミみてぇな臭いがするぞ。何か隠してるんじゃないだろうな?」
衛兵が手を伸ばしてきた。
中を探る気だ!
やめろ! そこには触れてはいけないタブーがある!
私は必死に思考を回転させた。
どうする?
隠すか?
あの汚物塊を、空間のさらに奥深く、衛兵の手が届かない深淵へと移動させるか?
いや、アイテムボックスの中身を確認する魔法具(魔道具)を使われたら、座標を移動させても無駄だ。視認されてしまう。
ならば、「カモフラージュ」だ。
臭いの元をごまかす。
あるいは、視覚的に「安全なもの」に見せかける。
私はスキルリストを確認した。
『結合』『分離(手動)』『検索』『隔離』。
……使えない。
幻術のような便利なスキルはない。
待てよ。
『結合』。
複数のオブジェクトを一つにまとめるスキル。
これを応用できないか?
汚物を「何かの中」に入れて結合してしまえば、外見上はその「何か」に見えるのではないか?
私は周囲のアイテムを探した。
汚物を包み込めるような、大きくて、かつ怪しまれないアイテム。
あった。
『勇者の洗濯していないパンツ(予備)』の山だ。
薄汚れた布切れの集合体。
これだ。
これの中に汚物を包み込み、一つの「洗濯物ボール」として結合してしまえば、衛兵もわざわざパンツの玉を解体してまで調べようとは思うまい!
私は覚悟を決めた。
さらば、勇者のパンツ。お前たちは今日から「汚物隔離コンテナ」となるのだ。
――作戦開始!
――対象A:『廃棄予定_混合ゴミ_01』
――対象B:『汚れた下着』×5枚
私は念動力で下着の山を浮かせ、汚物塊の周りに展開した。
そして、包み込むように圧縮する。
ギュッ。
ヘドロがパンツに染みる。ああ、最悪だ。
だが、今は背に腹は代えられない。
【アクション:結合】
シュンッ。
一瞬で、それらは融合した。
見た目は、ただの「丸められた大きな布の塊」。
少し茶色いシミが浮いているが、それは元々の汚れと言い張れなくもない。
衛兵の手が入ってきた。
ガサゴソ。
指先が、その「パンツボール」に触れた。
「ん? なんだこれは」
衛兵がそれを掴み上げた。
やめろ! 出すな!
中身は核爆弾だぞ!
衛兵は、その布の塊を鼻先に近づけた。
「うっ……!」
衛兵の顔が歪んだ。
強烈な汗の臭い(パンツ由来)と、微かに漏れ出る腐敗臭。
それは、働き盛りの男の体臭を濃縮還元したような、暴力的な臭気だった。
「お、おい! なんだこれは! テロか!?」
「あー、それ、俺の着替えっすね。洗濯してなくて」
勇者が平然と答えた。
ナイスフォローだ、カイ。お前の不潔さが世界を救った。
「ぐえぇ……。きったねぇな! さっさとしまえ!」
衛兵は反射的にそのボールを投げ返した。
ポイッ。
汚物入りパンツボールは、再び私の内部へと帰還した。
「ほかに変なもんはねぇな? よし、通っていい! 次!」
許可が出た。
衛兵は鼻をつまみながら手を振った。
勝った。
私たちは、物理的な清潔さを犠牲にして、社会的な信用(通行許可)を勝ち取ったのだ。
勇者は私を撫でながら、城門をくぐった。
「へへっ、ちょろいもんだな。さて、まずはギルドに行って、戦利品を換金するか!」
戦利品。
つまり、今、私がパンツの中に封印したばかりの『オークの睾丸』のことだ。
勇者はそれを売るつもりなのか?
パンツと融合した状態で?
ヘドロまみれの状態で?
私は、これから訪れるであろう冒険者ギルドでの「査定」という名の公開処刑を予感し、震えた。




