第二章・第5話(終):謎の粘土細工と、勘違いの信頼関係
チュン、チュン……。
外の世界から、小鳥のさえずりが聞こえてきた。
朝だ。
昨夜の豪雨が嘘のような、爽やかな朝の気配が伝わってくる。
私は、重い意識を再起動させた。
おはよう、私の世界。
おはよう、私の可愛い在庫たち。
そしておはよう、私の目の前に鎮座する『巨大な汚泥パン生地(ゴミ団子)』よ。
昨夜の死闘の結晶であるその灰色の塊は、一晩経って表面が少し乾燥し、ひび割れた粘土細工のような様相を呈していた。
直径1.2メートル。
圧倒的な存在感だ。
これが私の空間のメイン・オブジェになってしまっている現状が嘆かわしいが、おかげで周囲のアイテムたちは乾燥を保っている。
ブーツも、マントも、剣も、カビることなく無事だ。
「ん……んあぁ……」
外で勇者が起きたようだ。
ガサガサと寝袋(これも湿っているはずだ)から這い出す音がする。
「うへぇ、よく降ったなー。テントの中までぐしょぐしょだぜ」
勇者は身体を伸ばし、ポキポキと関節を鳴らした。
そして、腰に手を当て、私(袋)を持ち上げた。
「さてと、昨日はパニックになって全部放り込んじまったが……中身は大丈夫か?」
勇者は恐る恐る、袋の口を開けた。
光が差し込む。
私は身構えた。さあ、見ろ。
お前が作った汚水の海は消えたぞ。私が処理したからな。感謝しろ。
「ん? あれ?」
勇者が首を傾げた。
袋の中を覗き込み、手を突っ込んで、一番手前にあったブーツを取り出す。
「……乾いてる?」
勇者はブーツの革をペタペタと触り、匂いを嗅いだ。
昨夜の雨でずぶ濡れになり、泥まみれだったはずのブーツ。
それが、表面の泥は乾燥してパラパラと落ち、革自体も湿ってはいるものの、水滴が滴るような状態ではない。
私の「強制脱水(小麦粉吸着)」の効果だ。
「マジかよ。あの水どこ行ったんだ? 魔法の袋って、乾燥機能付きなのか?」
勇者の声が弾んだ。
当たりだ。
いや、機能ではない。私の涙ぐましい努力だ。
だが、結果として勇者は「この袋は便利だ」と認識したらしい。
「すげえ! これなら雨の日でも安心じゃん! メンテいらずで最高だぜ!」
違う。
メンテしているのは私だ。
お前がサボった分を、私が夜なべして尻拭いしているのだ。
だが、私の声は届かない。勇者は上機嫌で、次々とアイテムを取り出して確認していく。
「マントも、まあまあ乾いてる。剣も錆びてない。おっ、こっちは……」
そしてついに。
勇者の手が、あの『巨大ゴミ団子』に触れた。
「んん? なんだこれ? 壁みたいに硬いぞ?」
勇者は両手でそれを掴み、引きずり出そうとした。
重い。
水分を含んだ泥と小麦粉の塊だ。重量は数十キロあるだろう。
「ふんぬっ! 重っ! なんだこれ!?」
ズズズズズ……。
巨大な灰色の球体が、私の口を無理やり拡張しながら、外界へと産み落とされた。
ドスンッ!
湿った地面に、巨大な粘土の塊が落下した。
勇者は目を丸くして、その謎の物体を見下ろした。
「……なんだこれ? 俺、こんな岩入れたっけ?」
岩じゃない。
それは、お前の出したゴミと、雨水と、小麦粉の成れの果てだ。
よく見ろ。表面に、昨日の夕食の残骸である木片や、炭の欠片が埋まっているだろう。
勇者は不思議そうにその塊を蹴っ飛ばしてみたが、ビクともしなかった。
そして、数秒考えた後、結論を出した。
「ま、いっか。邪魔だし、置いてくか」
やった!
捨てた!
私は心の中で歓喜のファンファーレを鳴らした。
バイバイ、ゴミ団子。達者でな。
これで私の内部空間から、最大の汚染源が排除された。
勇者は、乾燥したマントを羽織り、ブーツを履き直し、私を腰に結び直した。
その手つきは、昨日までよりも少し丁寧な気がした。
愛着、あるいは信頼。
「こいつは役に立つ」という認識。
「よし、行くか! この森を抜ければ、王都まであと少しいだ!」
王都。
大きな街だ。
私の期待が高まる。
街に行けば、宿屋がある。ベッドがある。倉庫がある。
つまり、この袋の中身を「整理」する機会が訪れるはずだ。
不要なゴミ(オークの睾丸含む)を売り払い、綺麗なアイテムに入れ替えるチャンスだ。
そして何より。
私は自分の成長を感じていた。
【獲得スキル一覧】
・『鑑定(解析)』:アイテムの詳細データを見る。
・『結合』:同種の物質を一つにまとめる。
・『検索』:特定のアイテムをハイライト表示する。
・『隔離』:簡易的なゾーニングを行う。
これらはまだ初歩的な力だ。
だが、私は確信していた。
この力を磨いていけば、いつか私は「究極の自動倉庫」になれる。
勇者が何を放り込もうとも、瞬時に洗浄し、分類し、最適配置する。
取り出したいと思った瞬間、手に吸い付くように提供する。
そんな神ごとき袋に。
「へっ、天気もいいし、今日はツイてる気がするぜ!」
勇者が歩き出した。
その振動に合わせて、私は揺れる。
だが、昨日のような不安はもうない。
かかってこい、カオス。
私が全て秩序に変えてやる。
……そう思っていた私の余裕は、数時間後、王都の城門で脆くも崩れ去ることになるのだが。




