わたしのひみつ
学校の校門を出た途端、美樹は立ち止まり天を仰いで、
「今日バイトやったわ…」
しょんぼりして肩を落としている。
「ほんなら」
香はそんな美樹の肩をポンと軽く叩いた。
「バイト終わったら連絡する」
顔を上げてニコッと笑う美樹。
「うん、わかった、気い付けて」
「香もね」
香は笑顔で手を振り美樹と別れて歩き出した。
美樹の家は麻霧山の麓にある。
通学の時、香の家に寄るのは実際のところ、少し遠回りになる。
小、中学校からの習慣のまま、高校生になった現在も変わらない。
ただ、美樹がバイトがある日は大概ここで別れる。
その方が家まで早いから。
「香、またね~」
自転車通学のクラスメートの西村加奈が手を振り追い越していった。
「バイバイ~」
香は軽く手を挙げた。
「香、ありがとうございまーす」
クラスの人気者の男子。
坂本万葉が自転車で通り過ぎて行った。
万葉は語尾を伸ばすのが口癖になっている。
そして本人曰く名前が一文字違いのVtuberの言葉遣いを真似しているらしい。
「じゃあね」
香の声に、万葉は片手を上げて応えていた。
あれ?
お礼を言われるようなこと、何かしたっけ?
思い当たる節はなく、一人肩をすくめた。
自分の長く伸びた影を追うように国道沿いの歩道を歩く。
無意識に出るのは、ため息ばかり。
一人になるとモヤモヤが頭をもたげてくる。
香は時折、変な”夢”を見る。
モヤモヤの原因は、一昨日見たそれが原因だ。
嫌な夢なんて誰でも見るし、そんな大したことではない筈なのだけれど。
香の夢は現実に起こることがある。
夢の出来事がそっくりそのまま現実に起こる訳ではないのだが、結末は現実にリンクする。
初めてそのような夢を見たのは中学一年の夏休み。
その中で、父が会社に行くのを玄関先で見送った。
いつもの光景だったのだが、途中、父が振り返り『お父さん出張だから、お母さん頼むな』そう片手を上げて去っていった。
夢から覚めた後にお父さんバスの運転手なのに出張ってどこ行くんだろ?
何気なくそう思った。
それから数日後、父が運転するバスにダンプカーが突っ込んだ。
父は即死だった。
当初は、父が亡くなったショックもあり訳が分からなかったが、その後も年に一回あるかないか、よくも悪くもそんな夢を見るようになった。
いつの頃からか夢は現実に起こるんだと確信するようになっていった。
ただ、どの夢が現実に起こる物なのか香自身にも分からない。
世間では予知夢なんて言うらしい。
超能力だかなんだか知らないけど。
こんな能力いらないよ……今もそう思っている。
こんな夢もあった。
クラスメイトの真一郎が転校してくるのも夢で知った。
夢を見た時点で香は真一郎の存在を知らない。
全くの他人でも夢に出てくる。
その中で真一郎は『君を守る為に来た』と、訳の分からないことを言っていた。
その結果?
かどうかはわからないけど、クラスメイトとして存在し、しかも家が斜向かいと来ている。
気が付くと登下校の際、自分の10メートル位後ろをいつも歩いている。
ただ、そのことを気味が悪いとは不思議と思わなかった。
真一郎は男子のどこのグループにも属していないみたいで、いつも一人でスマホをいじっている。
いじめられてる訳でもなく。
良い意味、孤高を貫いてる。
群れない、混じらない。
それは、それで少しだけ羨ましい気さえする。
ふと、見上げた空には飛行機が雲を靡かせて何処かへ向かって飛んでいる。
ふうっと小さく吐いた息で前髪を揺らす。
――そうだ、海見に行こ……
香は気分が落ち込むことがあると海沿いにある潮風公園に行き、防波堤に腰掛けて海を眺めてぼんやりする。
止むことのない波の音が、心を和ませてくれるから。
角を曲がり、しばらくして振り返ると真一郎は真っ直ぐ家の方へ歩いて行った。
潮風公園は国道と防波堤に挟まれた空間にある。
広い敷地の公園で駐車場も併設されている。
一歩踏み入れれば、海からの潮の香りを含んだ風が髪をさらい頬を撫でていく。
遊具で遊ぶ元気な小学生達の声。
公園の中心には、シンボルの大きな楢の木が一本。
悠々と枝を風にゆだねていた。
その木陰にあるベンチで赤ちゃんをあやす母親。
散歩中の近所のお爺ちゃんが香を見つけて手を振ってきた。
手を振り返すと、何度か頷いて港の方へ歩いて行った。
トンボが数匹目線の高さを飛んでいて風に流され蛇行しながら彷徨っている。
憩いの空間の日常。
香は胸の高さ程の防波堤に上り、海に向かって腰掛けた。
見慣れた景色が一面に広がる。
ザー、ザザー。
いつもなら、べた凪の筈の水面に小さな白い棘が無数に浮かび、合間に海鳥が踊っている。
風が髪をかき乱す。
そうモヤモヤの原因――
夢の主人公が母だったからだ。
夢の中の母は泣きながら自分に謝っていた。
母に何か起こるのではないか。
良くないことばかりが頭を過ってしまう。
気配を感じて横を見ると防波堤を歩いてきた白い野良猫が一匹。
香を見上げて「にゃー」と鳴いてピョコンと公園の方に飛び降りていった。
小さくため息を肩で落とす。
ザー、ザザー。
目の前の砂浜に打ち寄せる波も白いあぶくを次々と運んでくる。
香は一陣の風に肩をすくめた。
「ふぅー」
大きく息を吐いて立ち上がりスカートをはたくと、カチャカチャと音がした。
「あ、そうや……」
それは美樹がくれた髪留めだった。
香はポケットからそれを取り出して、無造作に前髪に着けると砂浜に飛び降りた。
そして鞄からスマホを取り出して操作をする。
それを鞄の上に置くと、空を見上げて目を閉じた。
軽く深呼吸して姿勢を正す。
「音楽スタート」
その声に反応したスマホから雅なメロディーが潮風に乗る。
香は無心で舞う。
黄昏行く空のもと、白い砂浜の舞台で長い影と共に。
それを一人の男が少し離れた防波堤から覗き込んでいた。
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