必然の出会い
啓助達が食事を済ませ寿司屋を出ると、
「ありがとうございまーす」
見送りに出て来た万葉が店先で大きな声で言い頭を下げていた。
美樹と香はケラケラと笑っている。
何でもVTuberの口真似らしい。
啓助は車のエンジンを掛けると、一人外に出て煙草に火を着けた。
朝以来の至福の一時に浸かる。
風が煙をかき消していく。
雲も形を変えながら空を流れている。
のどかな景色と同じ、ゆったりとした時間を味わっているのが嘘のように思える。
そして、舞と過ごす時間を噛みしめている。
「ごちそうさまでした」
運転席に乗り込むと、後部座席の香と美樹が寸分の狂いなくお礼を言う。
「どういたしまして」
啓助と舞もシンクロして答えると、車内に笑いが起きる。
「じゃあ、家まで送るね」
バックミラー越しに啓助が話しかけると、
「お二人は、島の観光とかされました?」
香が聞いてきた。
「いや、さすがに観光はしてないな……」
舞を見ると頷いている。
「もしお時間があるなら、私たちが案内しますけど……」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうか? お兄ちゃん」
「そうだな、そうしたらどこにいけばいいかな?」
二人は両手を繋いで嬉しそう。
「そしたら……せーの」
美樹が音頭を取ると、
「寒霞渓」
二人は声を揃えて言った。
また車内を笑い声が包む、啓助はアクセルを踏んだ。
寒霞渓は星ヶ城山と美しの原高原の間。
範囲は東西7キロメートル、南北4キロメートルに及ぶ大渓谷。
そこに約1300万年前の火山活動により堆積した疑灰角礫岩などが、度重なる地殻変動と風雨による侵食により、断崖や奇岩群を形成している。
『日本書紀』にも記述がある奇勝で、元々は鍵掛(鉤掛)、神懸、神駆などの字が当てられてカンカケの名で呼ばれてきた。
これを元に明治初期の儒学者、藤沢南岳が寒霞渓と命名した。
大正12年(1923年)3月7日に「神懸山(寒霞渓)」として国の名勝に指定され、1934年の瀬戸内海国立公園設置の契機となった、
大渓谷と海を一望できる景勝地である。
また日本三大渓谷美、日本三大奇勝や日本百景『21世紀に残したい日本の自然100選』に選ばれている。
新緑や特に紅葉の季節は多くの観光客で賑わう。
思い起こせば舞の足取りを追って、この道を走ったのが遥か昔のようだ。
あの時はユナキ神社までだったが、そこを通り過ぎて5分程で寒霞渓の展望広場に着いた。
道中、三人の女性は賑やかにお喋りをしていて、舞は時折、外を気にしているようだったが、楽しそうに過ごしていた。
香と美樹は舞を引っ張ってロープウェイ乗り場まで連れて行った。
ここからロープウェイで下まで行き戻ってくるという乗り方が面白かった。
固定観念で下から上がって下るという発想しかなかったからだ。
ロープウェイから見える瀬戸内海の絶景に目を見張り、渓谷美も見事で一つの突き出た奇岩の上に猿の親子がいた。
スマホを舞に渡し写真を撮ってもらい、美樹と香も写真を撮っている。
展望広場まで戻ってくると、数ある展望台のうち二人が勧めてくれたのは鷹取展望台と呼ばれる場所だった。
ロープウェイ乗り場から左へと曲がり『寒霞渓展望台 かわら投げ』と書かれている看板を通り過ぎ、駐車場の脇の山道を少し下る。
二つに分かれた道の登っている方を美樹を先頭に進む。
そこそこ急な斜面をぐるっと回って上った先にそれはあった。
眼前に景色が広がった瞬間。
皆がそれぞれの歓声を上げた。
寒霞渓の渓谷。
内海の町並みと内海湾。
田ノ浦半島の向こうは瀬戸内海と四国が見える。
パノラマが圧倒する景観だ。
風に乗って流れる雲は手を伸ばせば届きそうで、ありきたりの表現だが来る価値がある空間だ。
「ここに連れて来たかったんです」
香は、真っすぐ風景を見つめている。
「そうなんや、二人に見せたいって思うてん」
美樹は、ニコリとこちらに微笑んでいる。
「うん、すっごいきれい……」
舞は広場の縁に置いてある木製のベンチに腰掛けて景色を眺めていた。
そして舞はボソッと呟く。
「ここ……見たことある……」
「デジャブってやつかい?」
「うん、それもあると思うけど……」
そんな舞を見ていて、啓助は閃いたことを提案してみることにした。
「折角だし、みんなで写真撮らない?」
「さんせー」
美樹は片手を挙げた。
「私も」
香も片手を挙げた。
「さっすがだね、お兄ちゃん」
啓助はカバンからカメラと三脚を出すと、撮影位置を選定し始めた。
少し奥にある木造の展望台にカメラをセッティングし俯瞰で撮影する。
ここなら背後の渓谷と瀬戸内海がフレームにおさまるから。
香と美樹が並んでベンチに座り、後ろに舞が立った。
啓助は舞の隣に並ぶと、
「何枚か連続で撮るからね、カウントダウン行くよ、3、2、1」
カシャカシャカシャッ、カメラのシャッター音が連続して鳴る。
その数秒後、啓助はリモコンのボタンを押しシャッターを切った。
突然のシャッター音に三人は驚いていたが、
「ちょっと待ってて」
写真を確認しに行きカメラを操作した。
最初に撮ったものは見事にみんな笑顔で背景の景色も美しい。
次に不意に撮ったものは香と美樹は手を繋いで微笑み合っていて。
啓助と舞も同じように笑っている。
ノートパソコンにデータを転送して三人の傍に行くと撮影した写真を見せた。
「これが、最初の写真ね」
「うん、いい」
「いいじゃん」
「お兄さん、写真も撮るねんな」
三人はモニターを覗き込んで、各々、感想を述べる。
概ね評価は良いようだった。
「そうしたら、もう一枚見て欲しいんだ」
ノートパソコンのキーを押す。
「わあ、こっちのが素敵やぁ」
「ほんま、すごくええ」
「やるね。お兄ちゃん」
高評価頂きました。
良い写真が撮れたと思う。
自然に抱かれた中で、四人の飾らない笑顔が納められている。
「いいよね、よければ後で香さんと美樹さんのスマホにデータ送りますよ」
「あ、今欲しい」
「うちも」
啓助は二人にデータを送ると、それぞれがまじまじとスマホを見つめている。
「喜んでもらえて良かった」
「ありがとうございます」
相変わらず、ブレない二人に感心する。
それから時間を忘れてこの空間を堪能し、展望台の去り際に名残惜しそうにしている舞に声かける。
「既視感もあるんだけど……どっかで見た気がする……」
「そうなんだ? 写真とかかな?」
「うーん」
舞は香と美樹を追うように歩き出した。
「そうよ、絵よ、インスタグラムで見たイラスト、きっとここを描いたものだったんだ」
「え?」
「なに? お兄ちゃんダジャレ? 私、その絵を見て夕凪島に行くのを決めたんだもん。すごい可愛らしくて温もりのあるイラストでね、その時は確かに既視感だったんだ。なんか見たことあるかも、この景色って……んー、私のスマホがあればなぁ」
山道を歩いていると数組の観光客とすれ違った。
前を歩く美樹がハッと振り返り、
「もうさん?」
小声で呟き首を傾げて歩き出した。
啓助が歩きながら振り返ると、そこには男性の二人組が歩いていて、鷹取展望台ではなく表十二景と呼ばれる登山道に続く道を進んで行った。
啓助は車に乗り込むと舞にスマホを渡した。
「これの中にないの? さっき言っていた絵?」
「え?」
「舞だって、同じじゃないか」
舞は下唇を噛みしめ悔しがっているが、すぐに笑顔で礼を言うとスマホを操作している。
「お待たせしました」
トイレに行っていた香と美樹が戻ってきた。
「あった、この絵だよ」
舞はスマホを渡してきた。
そこには鷹取展望台からの眺めをデフォルトして描かれたイラストが映っていた。
ベンチには少女が二人座っていて。
空には蝶とテントウムシ、トンボの形をした雲が漂っていて。
海と空の境目がなく一体となっているような青で塗られ、陸地は濃淡のついた緑で統一されている。
可愛らしく温もりのあるイラストだった。
「なになに? お兄さん達何見とるん?」
美樹がシートの間から顔を出してきた。
「ん? 舞がね、夕凪島を訪れるきっかけを作ってくれたイラストなんだって」
啓助が美樹にスマホを手渡すと、
「うそ……」
美樹は大きな目を見開いて、片手で口を押さえ画面を凝視している。
「どしたん?」
隣に座る香が、スマホを覗き込むと、
「これって、美樹が描いたやつやん」
「えー?」
啓助と舞は同時に声を発した。
「鳥肌が立ったよ」
「私も」
舞は腕を擦っている。
「きっと、美樹ちゃんが呼んでくれたんだね」
「ハハハ、そんな風に言うてくれて嬉しい」
「けどすごいな、こんな偶然あるんだな」
「偶然なんかないでしょ? お兄ちゃん、これは必然なんだよ。香さんや美樹さんと出会うのは」
「必然……」
香の小さな囁きを耳で捉えた啓助が視線を移すと、香は胸の辺りで服を握りしめている。
恐らく勾玉を握っているのだろうと思った。
そんな香を見て。
出会うことに理由を求めるのではなく、出会ったことに意味があるのだと。
それがどんなことであろうと、出会わなければならない関係なのだと。
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