のどかなひととき
香の部屋のベッドの上には服が散乱していた。
香は美樹と、お出掛けの準備をしている。
「香は何着ていくん」
「迷ってるんよな」
「うちも、一応服持ってきたけど、香の服借りようかな」
美樹は口をアヒルのようにして悩んでいる。
「いいよ」
美樹は色々とっかえひっかえ着替えたが、結局自分が持ってきた服に袖を通していた。
グレーのウエストシャツで首元に斜めに柄の飾りボタンがついている。
オフホワイトのひざ丈のギャザースカートで美樹にしては女の子らしい格好だった。
香もいろいろ着替え、紺と白のチェック柄の袖口がパフスリーブになっているカジュアルシャツに、淡いピンクのひざ丈のチュールスカートにした。
お喋りをしながらメイクと髪を整える。
美樹は長い髪をポニーテルにしている。
「出来たよん」
香は髪をとかして桜の花の髪留めを着けた。
「美樹かわいいやん」
「香こそかわいいねん」
お互いに褒めあって、頭をこつんとくっつける。
どちからともなく微笑み合って部屋を後にした。
そして、洗面所で変わりばんこに歯磨きをしてリップを塗る。
色違いのお揃いのリップで美樹は淡いオレンジ、香は淡いピンク。
香が店の厨房にいる母に、台所から声を掛ける、
「母さん行ってくる」
「おばちゃん行ってくる」
その声に母は調理の手を休め、こちらを向くと笑顔になった。
「あら、二人ともかわいいなぁ、気い付けて、行っといで」
「二人ともよう似合ってる」
奥にいた毛利さんも眩しそうにこちらを見ていた。
香は白の、美樹は黒のお揃いのスニーカーを履いて外へ出る。
玄関を開けた途端、爽やかな風がスカートの裾をひらりと翻していく。
白い雲が澄んだ空を泳いでいた。
啓助が運転する車は約束の時間ピッタリに香の家の前に着いた。
香と美樹は手を担いで家の前で待っていて、舞が車の窓を開け声をかけた。
「こんにちは、お待たせ」
「こんにちは」
香と美樹は息の合った挨拶を返して、後部座席に乗り込んだ。
「二人ともいつも以上にもかわいい」
「舞さんやって」
「舞さんきれい」
と褒めあっている。
不思議と嫌味に感じない。
三人は波長が合うのだろう。
「二人とも何か食べてたいものある?」
舞の問いかけに、香は腕組みをして、美樹は人差し指を顎に当てそれぞれ考えている。
「一応ね、色々調べたんだけど、二人とも地元の人だから結局どのお店とかも食べてるかなって思ってね」
「うーん」
二人とも答えあぐねているようだ。
美樹が閃いたと言わんばかりに目を大きく見開いた。
「美樹ちゃん何かある?」
舞がすかさず尋ねると、美樹は膝の上に手を組んで指を動かしている。
「いや…」
「何でもいいよ気にしないで、二人は恩人なんだから」
啓助の声に、美樹は香の顔をチラッと見てから、
「その…お寿司が…食べたいかなぁ」
恥ずかしそうに、上目遣いに呟いた。
「いいねえ、俺も食べたい」
啓助は美樹の提案に乗った。寿司なんてこの方数年食べていないような気がする。
「うんうん、私も食べたい、美樹ちゃんどっかお店知ってる?」
舞も賛同している。
「同級生の家がお寿司屋さんなんや」
「万葉のとこか」
香は頷いている。
「そう、あいついつも自慢してんねん、俺の家の寿司は日本一やって」
美樹は口を尖らせながら喋った。
「へー、じゃあ日本一かどうか私達で確かめに行こう」
「よし舞、今から予約取って、美樹さん場所は?」
舞は美樹から店の名前を聞くと連絡して予約を取っている。
店は隣町にあって20分位かかるようだ。
啓助は車をスタートさせた。
国道に出る頃には三人のおしゃべりが始まった。
「というと、舞さんしばらく島におるん?」
香が身を乗り出し舞に聞いている。
「うん、日曜日の夕方までね」
「夏休みか、ええなあ」
「二人は学校はいつまで」
「明日」
舞はそろって答える二人に驚いて、
「ほんと、姉妹みたいね」
二人は顔を見合わせて笑っている。そして香りが話し出した。
「舞さん、そうしたら海行こう」
「私も秘密の砂浜楽しみで、水着買っちゃったんだ」
「ほんまに?」
美樹も前のめりなって話している。
「うちら、あんまり外が好きな子じゃないから、海とか行かへんのやけど」
「そこは、観光の人とか来れんし、人に見られることもないから」
香も続けて喋った。
「ふーん。そしたら明後日なんてどう?」
「うん、行く」
「決まりやな」
「ねえ、お兄ちゃんよろしくね」
舞は首を傾けてこっちを見ている。
「かしこまりました」
「ええな、お兄ちゃんがいるの」
「私も舞さんが羨やましい」
「良かったね、お兄ちゃん」
舞は頷いて、こちらに意味ありげな視線を送っている。香さんも美樹さんも一人っ子だからか、兄や姉というものに憧れがあるのだろうか?
「こんなんですけど、よろしく…」
啓助が首を捻っていると、三人はそれぞれ笑っている。
「二人とも東京には来たことあるの?」
舞の問いに二人は首を横に振った。
「そしたら、東京に来ることがあったら連絡してね、家に泊まればいいから、ね?お兄ちゃん?」
「そうだな、是非、夕凪島に比べたら自然はないし、人や物しかないけど東京案内しますよ」
「ほんまに? でも家だったら、親御さんとかの迷惑にならんの?」
「あぁ、私たちはね、兄一人、妹一人の二人住まいだから平気だよ、両親は早くに天国に行っちゃたから」
「え? そのごめんなさい」
「全然、気にしないで美樹ちゃん。部屋は空いてるからいつでもウェルカムだよ。それに、お兄ちゃんも見ての通り人畜無害でしょ? いい年して彼女の一人もいないんだから」
おいおい、それとこれとどういう関係があるんだい?
「うそ!」
「ほんまぁ」
二人は珍しい動物を見るような興味の眼差しを送っている。
舞は隣でクスクス笑いおどけていた。
「はいはい、仰る通りです」
「もてそうなのになぁ」
美樹は不思議そうにこっちを見ている。
「うん、優しいし」
香もキョトンとした顔でこっちを見ている。
「あらあら、お兄ちゃん良かったね」
「ハハハ、ありがとう……」
どうしてこういう展開になったのか。
外は内海湾を望む海岸線の清々しい道だというのに。
「でも、夕凪島に生まれてたら私は島にずっといるかなぁ……」
舞はしみじみと言うと景色を見つめていた。
そのまま内海町の町中を抜け国道から逸れると住宅地を通り過ぎ、小さな山の麓に大きな日本家屋が見えてきた。
車が数台停められるスペースがある。
そこが万葉の実家らしい。
店は表に寿司と書いた看板が置いてあるだけで他は普通の民家だ。
「ここやで」
美樹は店を指さして車から降りた。
香と舞も続いて降りると、香と美樹は先に店の中に入って行く。
「ごめんくださーい」
香の声に、
「はーい」
店の奥から返事が聞こえ、しばらくすると和服姿の女性が出てきた。
「あら美樹ちゃん香ちゃん、いらっしゃい、あらおめかししてかわいいなぁ」
「万葉のおばちゃんこんにちは」
「はい、こんにちは。あれ? こちらは、お友達?」
万葉の母は舞と啓助を見て言った。
「そうやねん」
美樹は嬉しそうに答えた。
「初めまして、予約した早川です。私は早川舞です。こっちは兄の啓助です」
「ようおいで下さいましたな……ささ、こちらへ」
女将に促され、靴を脱ぎスリッパを履いて店の奥へと入ると小上がりがあって畳にテーブルや椅子が並べられている。その奥の部屋に案内された。
「じゃあ、お料理お出ししますんでお待ちください」
部屋は6畳ほどの広さ。
掘りごたつ様式のテーブルになっていて。
香と美樹、啓助と舞で並んで座った。
舞が香に勾玉を見せて欲しいと伝えると、香は首からペンダントを外し舞に手渡した。
「うわー綺麗……」
舞は二つの勾玉をいろいろな角度から眺めている。
「香さんは勾玉はいつも持ってるの?」
「うん」
「へー、白と赤か赤っていうより朱色に近いのかなぁ」
「勾玉を二つ、握って祈ったらあの場所に行けたんです」
「そうなんだ……」
舞はニヤッと笑い、勾玉を両手で包み込んで目を閉じている。
数秒して目を開けて肩をすくめる。
「やっぱり、私には出来ないみたい」
ペンダントを香に返した。
香はそれを受け取るとすぐに首にかけていた。
「そりゃあ、そうだよ」
「一度、やって見たかったの」
舞はムキになって口を尖らせている、
「そや、舞さんの借りてたんや」
美樹はショルダーバックの中から取り出した髪留めをテーブルの上に置いた。
「ああ、忘れたやつ……だね……」
舞は髪留めを手に取ると、それを見つめ、さらに香の方を見て頷く。
そっと髪留めを美樹に差し出した。
「美樹さんにあげる」
「え?」
美樹は驚いて香の顔を見た。
「舞がそう思うんならいいと思う。確かに神舞の時、似合ってたし」
美樹は耳が赤くなっている。
「でも、そんなん悪いし……」
「じゃあ、今度二人の舞見せてくれる?」
舞は二人の顔を交互に見て言った。
「それは、いいですよ。美樹せっかくだから頂いたらどうなん?」
「ほんまにええの?」
美樹は髪留めを両手で持ちみんなを見回している。
「美樹ちゃんに着けて欲しいんだ」
「是非」
「そしたら……ありがとうさん」
美樹は髪留めを押し頂くと香をみてにっこり笑い。
早速、髪留めをつけている。
「ほんと、二人は姉妹みたい」
舞は優しい顔で二人を見つめていた。
しばらくおしゃべりをしていると、襖が空き万葉の母と若い短髪の青年が膳を持ってきた。
大将にお任せ握り寿司定食が運ばれてきた。
青年は香と美樹に気づくと顔が赤くなっていた。
「なんや、お前らか……」
その物言いにすぐさま二人は反応した。
「なんやはないやん」
「お前らもないやん」
万葉に冷たい視線を浴びせている。
「いや、いつもと雰囲気が違うから。神舞の時もやけど、女は化けるんやって」
お膳を並べている万葉に、舞がすかさず口を挟んだ、
「二人とも可愛いから照れてるのよね」
小刻みに万葉は頷いている。
「万葉でも照れることあるんやな」
「うちらのことかわいい思ったん?」
その言葉に万葉は食器を落としそうになり、
「もう万葉、ちゃんと器並べないかんで」
女将の激が飛んだ。
「だって……」
「だってやない、お友達やってお客様や、あんたの口が悪いんで。ごめんなさいね」
女将は何か言いたそうな万葉に一睨みをすると、
「ごゆっくりどうぞ」
笑顔を向けてお辞儀をすると部屋を出て行った。
丸い寿司桶に10貫の握り寿司、お吸い物、別の皿には卵焼き、オリーブハマチの刺身も付いている。
啓助は女性三人の会話に時々混じりながら舌鼓を打った。
久しぶりの寿司は旨かったのはもちろん、笑い声が包むこの空間がとても愛おしく思えた。
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