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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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ドライブ

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


舞は兄のノートパソコンを借りて、失くしてしまった夕凪島の調査結果を思い出せる範疇でまとめていた。

ついでに一つの疑問を調べていた。

夕凪島の地図を映しだして幾つかの場所の確認をする。

やっぱり。

疑問の解答を得て確信した。

あの場所は結界の位置を示している地図になっているんだ。

ノートパソコンを閉じて、運転している兄の横顔を見た。

兄が運転する車に乗ったのはいつ以来だろう。

ふとそんな事を考えた。

両親が亡くなったとき、兄はまだ車の免許を取っていなかったし、親の車も処分していた。

「どうした? 作業は一段落かい?」

「うんまあね、そういえば、お兄ちゃんの運転する車に乗るのって昨日が初めてだったかなってね」

「そうか?」

兄は首を捻っている。

「そうそう、昼食の場所だけど一応、二人にリクエストがないか聞いて、なければホテルで食べるのはどうかな?」

「それがいいと思う」

兄は親指を立てた。


車は富丘八幡神社のある峠に差し掛かっていた。

東京では普段、車に乗ることはない。

けれど、夕凪島の景色を見ているとドライブもいいなと思った。

「時間あるし、じゃあこのままドライブするか」

「凄い、以心伝心だね、私も今ドライブっていいかもって思っていたんだ、じゃあ、お願いします」

「ちょっと地図見たらよさげな道がありそうなんだよね」

「フフフ、楽しみだな」

車は交差点を左折して南に向かっている。

「ところで舞さ、この島は楽園で天国に一番近い島っていうのはどういうこと?」

そうだった、その話をしていたんだった。

途中で畑さんから電話が入ったり、私が作業し始めて忘れていた。

「えーとね、まず、この島って立地がいいんだ」

「立地?」

「そう、瀬戸内海のなんていうのかな、交差点みたいな感じ」

「うん」

「縄文の人々は海洋民族でもあったって言われていて、世界に出たのよ」

「ちょっと待って、それと交差点とどういう関係があるの?」

「ああ、そうか…私達日本人のご先祖様は、日本に残った人もいるけど、世界に旅に出たその人々が、俗に言う渡来人となって故郷に戻ってきたって考えているんだ」

「へえ~」

窓の外に視線を移すと海水浴場が広がっている。

今回の旅行の行程では訪れていない地域で新鮮だった。

夕凪島の風景は、どこから見ても、目に映る景色のすべてが美しくて温かくて好きだなと思った。

「舞? それから?」

「ああ、ごめん、日本人のルーツはユダヤやメソポタミアなんて話はあるけど、それは旅から帰って来た人達であって、日本人は逆にルーツの源なんじゃないかって説があってね。私もそうかもって思ってるんだ。そこでお兄ちゃんは理由を知りたいはず、私が何でそう考えているのか」

兄は黙って頷いた。

「答えは日本語よ、昔、言霊の話しをしたの覚えてる?」

「もちろん」

「日本語は世界でも習得するのに一番難しい言語でしょ、母音で終わる開音節言語っていうみたいで独自のものなんだ。言霊で自分や自然と会話していたご先祖様の言語が保たれてきてるの不思議じゃない?」

「確かに」

「もちろん今の日本語が古代の日本語と丸々イコールって事はないかもしれない。でも大陸から来た人がルーツだったら何で言語が全く違うか説明つかないでしょ?」

「はぁ、確かに…」

「だから、渡来人って呼ばれてる人は長い長い旅をして、日本に帰ってきた家族だと考えてるんだ。何で旅に出たかは私の中でもまだ謎なんだけどね」

「なるほど」

「それで瀬戸内海は大昔から海上交通の要所だったんだ。船が着けそうな浜や入り江や川の河口、川を遡上した上流の水源とか、こんにち海洋民族の先祖と言われている人たちはそう言う所に拠点を作ったの、往来する中で便利だったし水源を確保するのは人間にとって重要な事だから」

「ふーん」

「今に置き換えて、車や鉄道がないとして、日本の都は長らく近畿地方にあったって云われてるでしょう。そこに向かう、もしくは、そこから各地へ向かう船の目印になり、休息地であり、補給地であり、正に要衝であったわけなんだ」

「ほう」

「だからね夕凪島はギュって歴史が詰まっているのよ。誰それの末裔に因む苗字も多いみたいだし、意味があって残ったのか、単純にこの島の魅力に憑りつかれたのかは分からないけどね」

「なるほど」

「今、訪れてみて思うんだ。島の人々は優しいし、空や海や山の自然があって、日本人が忘れそうになっている物がある気がしたんだ。だから、楽園なんだよ」

歩道をお遍路さんが歩いている。

追い越し際にサイドミラーをちらっと見ると女性だった。

「うん、分かる気がするなぁ………舞、前を見て」

兄の声に前を見ると、目の前の下り坂の向こうに瀬戸内海とそこに浮かぶ島々とフェリーが見えた。

兄は車のスピードを落として進む、夏のモクモクとした雲が景色の味付けをしてくれている。

「きれいだね」

「ああ、ほんとに」

坂道が終わると道は右へカーブし、左手に海を臨む真っすぐな道になった。

「お兄ちゃん、窓開けてもいい?」

「いいよ」

目を閉じて潮風を浴びる。

髪が風にそよいで気持ちいい。

そして目を開ければ、防波堤の向こうの砂浜は波打ち際までキラキラしている。

夏休みの絵日記に描いてありそうな景色がどこまでも広がっていた。


啓助は確かに舞を乗せてドライブをした記憶がなかった。

しかし、我ながら地図を一目見ただけで、この道を見つけたの大したもんだと自画自賛していた。

舞は窓に肘を置き頬杖をついて景色を眺めている。

啓助は純粋な疑問を舞に投げ掛けてみる事にした。

「舞、結界についてどう思う?」

「どうって?」

チラッとこちらを見ている。

「結界があるのは、今回のことで何となく分かったんだけど、何のためにあるのかとかさ、舞の見解はどうなのかなって」

「んー」

舞はシートにもたれかかると、腕組みをした。

「保険かな……あとは、調べてみないと分からないけど」

言い淀んだのか、考えているのか途中で口をつぐんだ。

「保険って?」

「この島を守るための保険ってことなんだと思う」

「なるほど……守るとは?」

「そうだな……夕凪島の気、エネルギーみたいなのって言えばいいのかな、それを凝縮している空間が結界なのかなって思ってはいる」

「ふーん。そうしたら結界を解くことはできると思う?」

「うん、その気になれば……」

舞の歯切れが悪いのが気になった。

「あの大岩のお地蔵さんも結界に関係あるのかな?」

「あるとは思うよ」

啓助は峠道を越えた先の景色がよく見える場所に車を止めた。

幅員があり車を止めるには十分なスペースがあった。

そして後部座席のカバンの中にある、紙片の地図を取り出して、舞に見てもらった。

「これは、お兄ちゃんが思いついたの?」

「いや、眼鏡の家にあった『結界の島』っていう本の中にあったんだ」

「ふーん、気が付いた人がいるんだね……」

「ん?」

「あそこは、大岩が鍵なのよ勘だけどね、天国への道なんだ……たぶん……」

天国への道。

眼鏡も道があったという話をしていた。

「道か……それって、どういうこと?」

「っていうか、お兄ちゃん待ち合わせ間に合う?」

時計は11時50分、待ち合わせは12時半。

どうだろう。

「続きはまた今度」

啓助はハンドルを握り車をスタートさせた。

この辺りからも海岸線を走る。

運転していても気分がいい。

舞を見ると、また外を眺めている。

その先の海にはフェリーが競争していた。


窓から吹き込む風が髪を靡かせる。

空には、あの日と同じような、ふわふわの綿菓子みたい雲が姿を変えながら漂っていた。

――雲が敷き詰められた空の所々に青空が顔を出している。

舞は京一郎と待ち合わせ場所である、瀬田港のフェリーターミナル内の椅子に座っていた。

スマホを取り出しさっきフェリーの前で撮った、二枚の写真をインスタグラムにアップする。

今日の昼のフェリーで東京に帰るという内容で文章を書きながら、本当にまた来たいそう感じていた。

そしてスマホの電源を切った。

窓の外では8時出港のフェリーに続々と車が乗り込んでいる。

腕時計を見ると7時50分、

「やあ、おはよおうございます」

京一郎は爽やかな笑顔だった。

「おはようございます」

「早速、行きますか……あ、スマホの電源は切って頂けましたか?」

「はい」

「ありがとう」

京一郎は軽く頭を下げるとニコッと笑い歩き出し、舞は席を立ち後に続いた。

外には車が列をなしていて順番にフェリーに飲み込まれていく。

向きを逆にした赤い軽自動車がバス停の先に止まっていた。

京一郎は舞のキャリーケースを後部座席に置くと、助手席のドアを開け促した。

「どうぞ」

「ありがとう」

舞は会釈をして車に乗りシートベルトを着ける。

京一郎は軽やかに車の前を回り運転席に乗り込んだ。

「ここから、秘密に関する内容は他言無用でお願いします」

京一郎はハンドルを握りながら、少し頭を下げた。

「わかっています」

「じゃあ、出発します」

車は港を滑り出し、国道へと入り東へと向かった。

舞は好奇心と背徳感の狭間で未だに揺れていた。

その場所さえ知らないのは当たり前だが、どこに向かうのか?

車は峠に差し掛かり長い坂道を走っている、

「後悔してますか? 誘いに乗ったこと?」

京一郎は正面を向いたまま柔らかい口調で言った。

「いえ、別に……」

「でも、後悔は無くなると思う。あれを見たらね」

自信が溢れる物言いに、期待感が膨らむ自分がいた。

「一つ聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「なぜ、誘ったんですか?」

「アハハ、それはね純粋に見せたいっていうのと、あなたが見たら何か分かるかもしれないっと思ったんだ」

京一郎の表情は徐々に真顔になった。

「何か分かる?」

舞の疑問に頷き、京一郎しゃべり始めた。

「そう、あなたが言ったように結界があるんですよ。ただ島の結界は複雑でね。誰が何のために? 結界は何を守っている? 色んな言い伝えや伝説が史実も含め闇鍋のようになってる。僕らの頭じゃ限界がありそうで……そこへ君が親父を訪問してきた。これは偶然か? この世の中って偶然はないでしょ?」

喋り終わるとチラッとこっちを見て笑った。

必然ね。

もし、私一人じゃなかったら京一郎は同じ様に誘っていただろうか?

いや、一人で来たことも必然だったって事?

「けど、お父様は話したがらないようでしたけど?」

親子の温度差が、歯に何か挟まっているような感じでやきもきしていた。

「うんうん、それはそう、立ち位置が僕と父では違うから。僕はそれを目にしたあなたの見解を聞きたい。それが動機。だめかな」

「いいえ」

舞のやきもきを見透かしたようにあっさり認めた。

そして素人女子大生の見解を聞きたいか。

ナンパにしたら下手な文句だけど目的はその謎を見せたい。

もしくは解きたいっていうことか。

車は内海湾沿いの道を走っている。

「立ち位置ってなんですか?」

「ハハハ、いいね、端的に言うと親父は秘密にしたい、僕は明らかにしたい。そういう事。これで解けたかなぁアイスのようなわだかまり」

この人には適わないな。

昨日の京一郎の言葉が蘇った。

あなたの物の見方が羨ましい。

か、今までそういう表現をしてくれた人はいなっかった。

そこに好奇心と一緒に惹きつけられたのはある。

こうなったら楽しもう。

「それで、場所はどこ何ですか?」

「この先にある縄文時代の遺跡のひとつです」

質問に京一郎は嬉しそうに答えた。

車は寒霞渓へ向かう県道を上っていき、風が雲を運んで日差しと影が入れ替わる。

車は少しづつ雲に近づいて行っているようだった。――


「舞?」

兄の声でハッと身を起こした。

「もうすぐ着くけど、大丈夫か?」

「ん?大丈夫だよ」

いつの間にか寝ていたらしい。

窓の外を見上げると西龍寺の護摩堂が見える。

「なんとか、約束の時間には間に合いそうだ」

車は峠を越えて瀬田町に入って行った。


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