気になって
8時過ぎに目覚めた啓助は、舞とホテルのレストランで食を摂っていた。
今日は和食も洋食も揃ったバイキング形式での食事だ。
「舞、西龍寺の住職は覚えているか?」
啓助は焼き鮭を箸でほぐしながら聞いた。
「うん、素敵な方だったから覚えてる」
舞は目玉焼きに醤油をかけている。
「じゃあ、眼鏡と達磨は?」
鮭をほおばりながらさらに聞いた。
「え? 誰と誰?」
味噌汁を飲みかけた手を止めて、舞は眉間に皺を寄せている。
「だから、眼鏡と……違う違う、畑さんと須佐さん」
「ああ、お兄ちゃんひどいね、あだ名つけてたの?」
舞は呆れ顔をして、味噌汁を飲んだ。
「ん? まあ、でどうなんだ?」
お茶を飲んで濁してみた。
「うん、お世話になったから覚えてるよ」
そう答えて、舞は目玉焼きを頬張った。
「舞を探すのにみんな協力してくれたんだ」
鮭を口に運ぶ。
「そうなんだ……」
舞は箸を休めている。
「特に畑さんは熱心に結界に関係があるんじゃないかって、いろいろ調べてくれたりしたんだよ」
漬物を口に放り込む。
「ありがとうだね」
そう言うと、舞は茶碗を手に取りご飯を食べ始めた。
「それで、お礼がてら、会いに行こうと思うんだけど、香さんの事は伏せて説明したいんだよね」
続けて漬物を口に運んだ。
「うん、そうだね」
舞は箸でウィンナーを摘んで一口食べた。
「何か、いい方法あるかな?」
「私も一緒に行くよ」
「いいのか?」
「直接会ってお礼も言いたいし、私が説明する」
「そうか、ありがとうな」
舞は美味しそうに料理を食べていた。
食事を終えて部屋に戻り舞がシャワーを浴びている間に、啓助は西龍寺の龍応に連絡をした。
龍応は法要があるので、今からなら少し時間が取れるという事だった。
支度が出来次第、伺いますと龍応に伝え電話を切った。
一方の眼鏡と達磨は不在であった。
浴室から出て来た舞に今から出かける事を告げると、舞はすぐに身支度をし始めた。
化粧はピンクの口紅を塗ってすっぴんに近い状態。
服装は丸い襟に白いフリルの入った黒白のチェックの半袖ブラウスに、淡い青色のペプラムスカートとピンクの鼻緒のローヒールサンダルを履いた。
舞にしては可愛らしい格好。
香や美樹に会う事を意識しているのだろうか?
啓助は、お気に入りの紺のシャツにジーパンとスニーカーを履いた。
「じゃあ、参りますかお兄ちゃん」
シートベルトしながら舞は言い。
「お供仕る」
啓助は車をスタートさせた。
「そうそう、香さん達とのランチどこがいいのかな?」
「ああ、何かお店知ってるのか?」
「分かんない。私は素麺でいいんだけど、香さんの家が素麺屋さんでしょ? しかも私食べに行ってたし」
「俺はそういうの苦手だから、スマホ渡すから調べてくれよ」
「いいけど、あの子たちにリクエスト聞いてもいいかもね」
「確かに」
「一応調べてみるね」
雲があるものの、今日も空は高く青い。
暑くなりそうだ。
この辺の地図は頭に入っていて、ナビ無しでも西龍寺までの道は覚えている。ただ、慣れないのは西龍寺へと続く急勾配の坂道とヘアピンカーブだ。
舞も最初は戸惑ったと話し、特に下りが怖かったと言っていた。
西龍寺に着き、参道の階段を上り山門の所で、
「写真撮ろう」
舞の提案に乗り写真を撮った。
「大学の入学式以来だね」
舞は嬉しそうにスマホの画面を見つめている。
そんな舞の背中を押して歩き始めた。
龍応は母屋に来るようにと言っていたので、その玄関の呼び鈴を押した。
足音が近づいて来て扉が開く。
龍応は舞の顔を見て驚いていたが、すぐに優しい眼差しの笑顔になる。
「よくお越し下さいました」
居間へ通され、円卓の前に座って待っていると、龍応は冷たいお茶を持ってきて二人の前にグラスを置いた。
「わざわざ来て頂いて、ありがとうございます」
龍応の言葉の後に、舞は丁寧に挨拶を済ませたあと、今までの経緯を話した。
結界に迷い込んだ時にそれまでの記憶が定かではく、どうして結界に迷い込んだか覚えていないこと。
結界の中は昔の夕凪島だと思われること。
そこで出会った不思議な二人の少女の力を借りて結界から出られたこと。
出来ればこの話は内密にお願いしたいことを告げていた。
龍応は終始、相槌を打ちながら穏やかな表情で舞の話を聞いていた。
二人の少女の件で明らかに戸惑っているように見受けられた。
「そうですか……そうだったんですね」
龍応はしばらく考えこんでいたようだが、顔を上げ話し始める。
「愚僧の戯言だと思って聞いて頂きたいのですが……あなたはもしかしたら、特殊な能力をお持ちかもしれませんね。もしかすると……巫女さんのような力があるのかも知れません」
「え?」
舞が驚いて声を上げる。
「不躾な質問をしますが、あなた方のご家族には、何か秘密があるのではないですか?」
「秘密ですか……」
啓助は首を傾げながら舞の顔を見た。
舞も首を横に振って分からないと言いたげな表情をしている。
「私には分かりません……今までそんなこと聞いたこともなかったですし」
「そうですか……」
龍応は、お茶を一口飲み話を続ける。
「お気を悪くされたなら申し訳ありません……くどいようですが、あなたにもそれに似た能力があるかも知れません」
龍応は啓助に視線を送る。
首を傾げるしかない。
啓助自身のことを龍応は言っているようだが、全く持って心当たりがない。
「あなたがたには、巫女さんと同じ力を感じるのです」
「え?」
啓助と舞の声が重なる。
「ところで、舞さんは古事記を研究対象とされているのでしたね? どうして夕凪島に来られたのでしょうか? もちろん神話にも夕凪島は出てきますが、いきさつを差し支えなければ教えて頂きたいのですが?」
「あ、はい……」
舞は突然、話題が変わった事もあったのか、少し考えてから話し始めた。
元々は友達の絵美と彩也で吉備、今の岡山辺りに旅行に行く為に準備をしていた。
それが、半月前に、二人が相次いで旅行を予定をしたい日の都合がつかなくなり、その話が流れた。
ところが、その後に立て続けに夕凪島に関することを見聞きしたというのが理由のようだ。
例えば、テレビのCMで夕凪島が映ったり。
日頃読んでいた雑誌で夕凪島が特集されていたり。
決め手になったのは、たまたまインスタグラムで目にした夕凪島のイラストを見たことだと話した。
それで吉備に行く予定だった日を夕凪島の旅行にあてたというものだった。
舞は話の最後に夕凪島には始めて来たのに、既視感を覚えたことも付け加えていた。
それに関しては啓助も同じようなことを感じている。
「これは、私の感覚の話になるので、信じられなかったら聞き流して頂きたいのですが、お二人は島に呼ばれたのかもしれません……つまり、巫女さんと同じように神に選ばれし人なのかも知れません」
啓助は舞と顔を見合わせる。そ
して龍応に視線を戻した。
「それは……」
龍応は片手を出し、舞が話そうとするのを遮り言葉を続けた。
「おそらく、あなたが結界の中で出会った少女達は、この島の守り神であり、祖神でもあるのです……神と邂逅できるということは………もしかしたら。そう思っただけです。あぁ申し訳ありません、話の途中ですが法要に行かねばならんので」
「あ、そうでしたね、ありがとうございました」
「ありがとうございまいた」
啓助と舞が頭を下げる。
「いえ、またいつでもお越しください」
龍応は、初めて会った時と変わらない穏やかな微笑みを浮かべていた。
母屋を出ると、年配の夫婦と思われるお遍路さんが参道の方へ歩いて行った。挨拶を交わしつつ、啓助と舞は本堂へ向かい、お参りをする。
舞の帰還を報告し感謝を込めて手を合わせた。
それから洞窟を抜けて龍水にも手を合わせて、最後に護摩堂にもお参りをする。
そして護摩堂の外から少しの間、景色を堪能した。
鏡のような水面の上を多くの船が行き交い、空には飛行機が飛び交っている。空と山と海、鳥の囀り、蝉の鳴き声、風が通り抜けて木々がそれに応えて枝葉を震わせる。
全てが心を和ませてくれる空間だ。
「ここからの景色さ、初めて見た時泣いたんだよね」
啓助の言葉に、舞はそっと腕を絡ませてきた。
「私も」
「そっか」
「まあ、兄妹ってことだね」
舞は、啓助を見上げて笑い出した。
車に乗り込んで、汗ばんだ体を休める。
エアコンの冷気が心地いい。
啓助は先程の龍応の話を思い返していた。
「舞、さっきの話だけど、どう思う? 神に選ばれたとか、巫女の能力とか?」
「うーん、よく分かんない」
「だよな……」
「でも、ご先祖様が巫女だったって話は聞いたことあるよ」
「そうなの? 本当?」
「うん……と言ってもお婆ちゃんがそんなような事を言っていたのを、ご住職の話を聞きながら思い出したの」
「そうか、婆ちゃんは巫女だったのか?」
「うーん、それはないと思うな、私も歴史に興味を持ったから、自分の家のルーツを調べたけど、お婆ちゃんに関していえば、父方は東京の人で余り遡れなかったし、母方の方は、お婆ちゃんは国江を名乗っていたけど旧姓は沢田、それから二代前は山梨の人だったかな、神社仏閣に携わる人はいなかったと思うよ」
「だろうな……しかしいつの間に調べたんだ?」
「ん? 大学入ってからだよ、父さんの両親も調べたけど、父方はやっぱり東京の人で、母方は……五代前が秋田だったかな。確か名字は武村で、こっちも神社仏閣に関係はなさそうだったよ」
「なるほどな」
舞は首を傾げ、啓助は考え込んだ。
「まあ、考えても分からないな、まだ待ち合わせには早い?」
時計は10時05分を表示している。
香と美樹との約束の時間は12時30分だった。
「そうだね」
「そういえば、なんでこの島は楽園で天国に一番近い島なんだ?」
舞は一瞬なんだろうというような顔をした。
「ああ、それはね……」
舞が話し始めようとした時スマホが鳴る。
それを持っていた舞がショルダーバッグから取り出すと、
「畑さんだよ」
呆れ顔の舞が『眼鏡』と表示されているスマホの画面を見せてきた。
啓助はそれを受け取り電話に出た。
「もしもし」
「おはようございます、すんません、電話貰ったみたいで」
相変わらずのイケボが聞こえてきた。
「実はですね……」
啓助が、舞が無事に戻ってきた事を告げると、眼鏡は腰を抜かしそうになるような大きな声で驚いていた。
舞に通話を代わり事情を説明してもらった。
そして、是非、会って話を聞きたいという。
結局、明日の午前中にホテルで会うことになり、やはり達磨も同席すると伝えてきた。
「啓助さんは結界への興味はなくなりましたかね……」
眼鏡は電話を切る際、寂しそうに漏らしていた。
お読み頂きありがとうございます。
感想など、お気軽にコメントしてください。
また、どこかいいなと感じて頂けたらスキをポチッと押して頂けると、
とてもうれしく、喜び、励みになり幸いです。




