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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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いつも

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


香は教室の窓から、いつもの穏やかな海を机に頬杖をついて眺めていた。

キラキラと陽射しを受けて瞬く水面。

それとは裏腹にモヤモヤとした感情が漂っている。

ガラスの向こう側に張り付いたテントウムシが、ちょこちょこと動いて、ぴょんと風に乗って消えた。

「香~、お昼食べようよ」

前の席の美樹が手に持った弁当をゆらゆらさせながら声を掛けてきた。

「あっ、ごめん今用意する」

香はバタバタと鞄から弁当を取り出すと、二人はそそくさと教室を後にした。

天気がいい日は季節に関係なく、決まって屋上へと行く。

そこで美樹と一緒にお弁当を食べる。

このことは学校の誰もが知っていることだった。

一時期、二人が付き合っているという噂にもなるほど。

しかし、噂はあくまで噂であって、香も美樹もそのことを否定するでもなく肯定するわけでもなく、気にすら留めていなかった。


いつもの日陰に二人で腰を下ろした。

校舎の裏山の木々が作ってくれるこの場所は海から吹く風や、麻霧山から下りてくる風が抜けてこの時期でもいくらか涼しい。

「どうしたん?  昨日からそんな調子やん?」

美樹は香がボーッとしていて箸が進まないのを見て箸を止めた。

「えっ? そんなことないよ」

香は慌てておかずに箸を伸ばすが、口に入る前に落としてしまう。

「……」

そんな様子を見て美樹はため息をついた。

「ねえ、何かあるんなら話して」

美樹の真剣な眼差しに、香は気が咎めたが、何も言えず微笑むと首を振った。

「やっぱり元気ないんやない?  そや、これあげるから元気出して」

そう言うと美樹はポケットから小さな包みを取り出した。

「なあに?」

香は聞いてはみたが、すぐにそれが何か分かった。

包みを受け取り笑顔で美樹を見つめる。

「開けてみ」

美樹も嬉しそうに微笑み返す。

香は頷いて包みを開けて中に入っていた物を取り出した。

それ――

予想通り、桜の花を象った細工物の髪留めだった。

「わあっ、かわいい!」

先週の祭の露店で売っていた物。

欲しかったけど値段が5000円と高めだったので諦めていた。

その事を思い出し――

声を掛けようとする。

「もう、細かい事は気にせんの、本当は香の誕生日プレゼントにしよ思っててんけどな……」

美樹は香が口を開くよりも早く喋り、お茶目に口を尖らせている。

「気に入った?」

ニコニコしながら左右に首を傾げる美樹。

「もちろん、ありがとう」

「なあなあ、着けてみて」

「うん」

香が前髪を横に流す様に髪留めを着ける。

「フフン、やっぱり、似合う」

「そう?」

スマホを鏡代わりに画面を覗き込む。

淡いピンクの花びらがおでこに咲いている。

「一緒に撮ろ」

美樹のスマホに向かって、笑顔を向ける。

カシャ。

「うん、良く撮れてる」

「へへ、かわいいな香、後で写真送るよ」

「ありがとう」

隣で笑う美樹の顔を見て、香は箸を取ると弁当を食べ始めた。

その様子を見た美樹もホッとしたように箸を取りあげている。

いつもどおりの日常が戻って来たようだった。


木陰に流れる涼やかな風と緑の匂い。

食事が済むと、二人して他愛のないおしゃべりをして過ごす。

ぼんやりと景色を眺めながら。

雲が太陽を隠すたびに出来る影が、幾度となく通り過ぎていく。

トンボが気ままな風に流されて、小鳥が足元を散歩している。

香は美樹の心遣いに感謝していた。

聞きたい事があるだろうに、何も言わず寄り添ってくれている。

自分の秘密を打ち明けたいと思う反面、それは、にわかには信じられない事だから話すのが怖いという思いが上回ってしまう。

香は小さく息を吸って美樹の方に向いた。

「美樹ありがと」

美樹は嬉しそうに白い歯を見せた。

「ええんよ」

「ありがと」

香は嬉しくて美樹に抱きついた。

「ひゃっ、ええねん、喜んでくれて、うちも嬉しい」

少しの包容の後、美樹が香の背中をトントンと叩いた。

「じゃあ、いつものしよ」

香は美樹の言葉に頷く。

ゆっくりと立ち上がり両手を上げて体を伸ばした。

視線の先には高松港へ向かうフェリーが煌めいた水面を滑る様に進んでいる。美樹はポケットからスマホを取り出し、手際よく画面を操作する。

そしてそれを弁当箱の上に置いた。


スッと美樹に手を差し伸べると、ニコッと笑って握り返してくる。

少し汗ばんだ温かい手。

ずっと、繋ぎ合ってきた手。

美樹が立ちあがり、向かい合う。

お互いの手を前に伸ばして、丁度手が触れない距離に立つ。

視線が合うと、どちらからともなく微笑んだ。

「音楽スタート」

美樹の声に反応したスマホから雅な音楽が流れ出した。

ゆったりとしたメロディーにあわせて二人は舞を舞う。

伸ばした手で空気を裂きながら、スカートの裾が風に遊んで、ゆっくりと舞う。

二人が向き合った、その時。

キンコーン~……

チャイムが音楽を追い越した。

顔を見合せてクスクスと笑うと、慌てて後片付けをして屋上を立ち去った。

二人が座っていた日陰に白いモンシロチョウが羽を休めていた。

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