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つないでゆくもの  作者: ぽんこつ


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祖母の手紙

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


祖母への手紙に一通ずつ目を通していく。

3年後には国江さんに娘さんが産まれたという報告があり。

1976年5月の手紙には、夏にお子さんを連れて会いに行くと書いてあった。

母が3歳の時だ。

母は覚えているのだろうか?

その直後の1976年9月の手紙。

『遥さん、8年越しの再会嬉しかった。

娘さん、幸ちゃん可愛かった。

はじめは人見知りで私達を避けていたけど。

帰りのフェリーに乗る時に「帰らんで」って懐いてくれていたの嬉しかった。

わずか三日間の滞在だったけど、会ってお話するのっていいわね。

それと、色んな所案内してくれてありがとう。

三井津岬の大岩や重岩、神社の数々、夕凪島の山岳霊場は特別ね。

碁石山、笠ヶ滝、恵門之滝、特に西龍寺は面白い場所だった。

いつか子供が大きくなったらお遍路さんしてみようかなって思う。

そうそう遥さんの家で食べた素麺美味しくて、送ってもらったじゃない? 

夏に食べきってしまって、主人も娘も島の素麺以外は食べられないって言うの。

この間なんて違う素麺出したら娘に怒られたのよ。

そうそう私を信頼して話してくれたあなたの秘密を聞いた時ね、あなたに初めて会った時の私を救ってくれた言葉を思い出したの。

少なくとも私はあなたの力に救われた一人よ。

そして秘密を知った一人として、あなたが知りたいと言っていた事を調べるわ。

何を隠そう一応教師ですからね。またお会いできる日を楽しみに』

そう記されていた。

祖母はこの人には秘密を打ち明けていたんだ。

知りたいって何のことだろう?

香は次々と手紙を読んでいった。


1981年のある手紙。

『遥さん、こんにちは

取り急ぎ住所変更をお知らせしたくて筆をとりました。

主人が亡くなったのを気に実家に戻ることにしたの。

そうそう実家の隣のアパートに下宿にしてる大学生の一人が夕凪島出身の子でね。

話を聞いていたら先日、面白い同人の本を見せてくれたの。

『結界の島』というタイトルで夕凪島には結界が張ってあるという内容で地図を片手に謎解きしてたら、面白いものが見えてきたの。

それからね私も本を書いてるんだ、今までの集大成。

ペンネームも考えたのよ。本が完成したら送るからね』


国江さんは子供が成長すると、何回か島を訪れているようだった。

1991年8月の手紙の一説にはこうあった。

『遥さん、こんにちは。

暑い日が続くけど元気にしてる。

先月、お伺いした時「神舞」拝見したじゃない。

幸ちゃん綺麗だったね、最初に会った時は小さくて人見知りだった幸ちゃんがあんなに堂々と舞を踊るなんてね。

遥さん、幸ちゃんがね「母が最近元気がないんよ」そう私にこっそり教えてくれたのよ。

何かあるなら遠慮しないで話してね、遥さん』


「へぇ~」

国江さんは母さんの神舞を見に来ていたんだ。

母さんに後で聞いてみよう。

手紙のほとんどは、香が美樹とするような他愛のない内容に終始している物がほとんど。

国江さんからの手紙だけなのに、祖母も国江さんも楽しんでいる様子が伝わってくる。

国江さんの娘さんの結婚式の招待状が一緒に入った手紙もあった。

祖母は行かなかったみたい。

だけど、その後一度だけ東京に会いに行っていて。

来てくれた事に対するお礼が述べられた手紙があった。

娘さんが結婚されてからは、娘さん夫婦と住んでいたようで、それ以降の住所がまた変わっている。


2002年10月の手紙の内容は、この年の夏に祖父が亡くなった知らせを受けた返事であった。

2003年3月の手紙。

『遥さん、こんにちは

唐突だけどお願いがあるの。

娘がね二人目を妊娠したんです産み月は秋ごろです。

そこでね遥さんに名前を考えて欲しいなって。

娘夫婦には了承を得たのでそこはお気になさらずにね、ぜひお願いしたいの。

男の子と女の子の名前を一つずつ。

どちらが産まれてもいいようによろしくね。

もしかしたら、どっちか遥さんにはわかっていまうのかしら?』

あとは、いつものように日々の出来事と祖母への配慮が綴られ、最後に

『もう少し調べたいことがあるから。

また島にお邪魔するね』

そう書かれていた。


ふーん、お婆ちゃんが名付け親になったんかな?

どんな名前を付けたんかな?

2005年7月の手紙。

『遥さん、こんにちは

あなたと一緒にお遍路を巡ってからもう四ヵ月もたつのですね。

菅笠の代わりに私が買ったお揃いの麦わら帽子を被って。

年甲斐もなく、旅館の傍の砂浜から二人で見た星空は忘れる事のない思い出の一つになったわ。

とても楽しくて意義深い体験だった。

夕凪島は楽園なのね。

あの子たち元気にしてるかしらね?』

歩き遍路で巡ったようで、その時々の想いや、出来事が綴らていた。

最後の方に、

『お遍路をしたことで着想が実感に変わり、東京に戻ってから筆をとり、やっと本が完成しました。

二冊作ってもらったの送るから読んで感想を聞かせてくれたら嬉しいな』

文体は若かりし頃のまま。

手紙の中の二人だけの特別な空間だったんだと感じた。

カチカチと時計が時を刻む音が聞こえる。

22時30分を少し回っていた。

封筒はまだ残っている。

最後の消印は2012年1月、祖母が亡くなる二ヵ月前だった。

二人の手紙は年に数回。

お互いの日常の出来事や悩み、歴史や映画や本の事など内容は多岐に渡っていた。

昔なら兎も角、携帯電話やスマホといったものは活用しなかったのだろうかと疑問が湧いてきてしまう。

二人の女性の半生が記されていた手紙には、国江さんが祖母に対して常に感謝しているのが文面から滲み出ていた。

そして、国江さんは祖母と出会ったのを契機に力強く生きていた。

祖母は国江さんとのやり取りを楽しみにしていてんだろうなそう思った。

縁側で一人日向ぼっこをしながら手紙を読んでいる祖母の姿が脳裏に浮かび、亡くなる前に言った言葉を思い出した。

「香……私はね、ある人に救われたの……大切な人に…」

お婆ちゃんはそう言ってた。

「この人がお婆ちゃんが言ってた、大切な人だ……」

国江さんにしてみたら祖母が救ってくれたと書いてあるが、

「お互いに助け合ってたんだ」


香は手紙を封筒に戻し収納ケースに仕舞うと、国江さんが祖母に送ったであろう本を探してみたがそれらしき物はなかった。

また今度続きを読もう。

そう心の中で呟いて押し入れの襖を閉めた。

仏壇の前に正座してお線香を一本取り出し火をつけて線香立てに差した。

そして手を合わせると目を閉じる。

「またね、お婆ちゃん」

目を開けると、線香の先は綺麗に灰になっている。

一筋の煙が連れてくる、その匂いがやけに懐かしく感じた。

リビングからテレビの音が聞こえてくる。

いつの間にか母は帰って来ていた。

それにも気づかず手紙に夢中になってたようだ。

香は腰を上げ居間を出ると、リビングに向かった。

ソファーでテレビを見ている母の隣に座った。

「おかえり、お母さん」

「ただいま、あれ? 部屋に居たんじゃなかったん?」

香は小さく頷くと母に尋ねた。

「あんな、お母さん、お婆ちゃんの文通相手の国江実日子さんって知ってるん?」

「いきなり、どしたん?」

「うん、ちょっとお婆ちゃんの遺品見てたら手紙があって、お婆ちゃんが信頼していた人ってどんな人やったんかなって」

「ああ、あれ読んだんね、そうやね、母さんも何回か会ってるけど、穏やかな優しい人で良く笑う人だったかな、何よりお婆ちゃんが楽しそうにしてたわ」

母は窓の方に目を遣り、今はもうないかつて縁側があった場所を見つめている。

きっと、祖母を思い出しているんだろう。

「手紙の中でお婆ちゃんが知りたがってた事って何だか分かるん?」

「知りたかった事?……そんなこと書いてあったん?……母さんもそこまでは分からんな。全部読んだ訳ではないから」

母は不思議そうに首を傾げている。

「それと、国江さんが書いた本を、お婆ちゃんに送ったんやって、どこにあるか知ってるん?遺品の中には、なかったんやけど」

「本? お婆ちゃんが読んでいた小説や何かは本棚にあるとは思うけど。どんな本なんやろ?」

母も知らないようだった。

「そっか……」

残りの手紙を読んだら分かるかもしれない。

「母さん、お風呂先に入るよ」

母は香の膝に手を置くと、テレビを消して立ち上がり浴室の方へ歩いて行った。

夕凪島の夜は静かだ。

聞こえるのは虫の音と風の音だけ。

夏の夜、縁側で蚊取り線香を焚きながら、うちわを片手に涼んでいる祖母の姿が浮かぶ。

振り返ってこっちを見た祖母は首を傾げて微笑んでいた。

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