おもわぬ発見
香は夕食後が終わると母に舞が結界から戻ってきたことを話した。
母はさすがに驚いたようで、
「良かったというべきね。香、あなたは何ともないのね?」
「うん」
「そう。でもね香、美樹ちゃんも聞いておいて」
「香の力は、今回のように誰かを助けるために使うのは良いこと。できれば、母さんに言って欲しかったかな。でもね、もしあなたの力を、そうね良くない事に利用する人達が現れないとも限らない。だから外で使うときは慎重に慎重を重ねてね」
「うん」
「そして香、あなたの能力は私達が考えてる以上に強いものかもしれない。夢で見たことは仕方がないけど、きっとあなたはその人を見ようと思ったら夢じゃなくても見れてしまうかもしれない。だから、簡単に人を見てはだめよ。いい?」
母は真っ直ぐ優しい目で見つめている。
香は黙って頷いた。
「話は以上、はい、これあなた達に」
母はテーブルの上に置いてあった二枚の厚紙を差し出した。
A4サイズの見開きの表紙には瀬田神社の神紋が印刷されている。
それを開き薄い和紙めくると、神舞の装束を着た美樹と一緒に撮った写真がおさめられていた。
「わぁ、きれいやなぁ」
隣で美樹が声を上げる。
確かに美しく凛々しい写真。
香はそこにいる大人びた姿の自分に少し恥ずかしさを覚えた。
「一生の宝物やなぁ」
それと同じくらい、その時に自分と美樹にしか味わう事の出来なかった貴重な時間と思い出を噛みしめている。
「うん、一生の宝物やね」
美樹は笑いながら肩をすくめて、写真に見惚れている。
「ほんまに、あんたたち、可憐で神々しかったんよ、あっそうだ、宮司さんが動画を今度送ってくださるって」
笑顔で語る母も嬉しそうだ。
「そうなん、嬉しい」
「見たーい、一緒に見よな」
遅い時間になったこともあって、母は美樹を家まで送っていった。
香は祖母に「神舞」を無事に終えた報告をする為に居間の仏壇の前で手を合わせた。
「お婆ちゃん、ちゃんと神舞、踊れたんよ」
ふと脇に目をやると仏壇に飾ってある百合の花びらが、押し入れの襖の前に落ちている。
そして襖は前と同じように少し開いていた。
「あれ? またや?」
花びらを拾い上げると、押し入れの襖を開けてみた。
そこには祖母の遺品を纏めた収納ケースがあった。
それを引き出して蓋を開ける。
中にある品々を見ていると、流れるような墨の文字で「幸」と「香」と書いてある半紙があった。
祖母が名付けてくれたのは知っていたがこれを見るのは初めてだった。
半紙を畳んで脇に置く。
ん?
ケースの中、ひときわ目を惹いた漆塗りの文箱に手を伸ばす。
それを片手で持ち上げようとした時に想像以上に重く、危うく落としそうになった。
蓋には鮮やかな梅の花の装飾が施され、それを取ると中には敷居に隔てられ万年筆と封筒の束が入っていた。
封筒を一つ手に取ってみた。
宛名はもちろん祖母で差し出し人は国江実日子という人物で住所は東京の人だった。
他の封筒を見てみると、全てがその人とのやり取りのものだ。
手に持っている封筒は、一番古い消印で日付は1968年5月8日と記されていた。
50年以上前か……
「お婆ちゃん、見せてね」
仏壇に向かって声を掛けて手紙を取り出した。
中には三つ折りにされた縦書きの便箋が二枚入っていて、ボールペンで書かれた右肩上がりの美しい文字が踊っている。
『拝啓
目には青葉山ほととぎす初鰹の好季節を迎えました。
お変わりありませんでしょうか?
遥さん、お手紙ありがとう。
映画の二十四の瞳の舞台である夕凪島を一目見たく訪れ、偶然、いや必然かしらね、遥さんに出会えた事。
あの日からもう二ヵ月が過ぎたのですね。
実はね、家出同然で飛び出して夕凪島を訪れました。
初めて授かった我が子を流産して姑からいびり散らされ、妊娠してから憧れだった教師の仕事も辞めていたから。
あの時は絶望の淵にいて、何もかもどうでもよくなっていて情緒が不安定で死も頭を過っていました。
寒霞渓の鷹取展望台で目の前に広がる景色に心洗われ、あの半島の先に岬の分教場があるんだなって立ちすくんでいた時。
ふいに、あなたが声を掛けてきてくれた。
「綺麗でしょ?」そして「貴方も綺麗よ」そう言ったあなたの笑顔は目に焼き付いています。
その言葉に涙が溢れ出した私に、あなたはそっと寄り添って。
「辛かったやろうね、泣きたい時は泣けばいい、ただ自分を捨てるのはもったいないやない、可哀そうやで」
私を抱きしめながら、あなたが言った言葉に驚きと共に忘れかけていた何かが体の中で弾けた気がしました。
それからお互いの自己紹介をして、住所を交換して。
「また、会いましょう」
あなたは微笑みと共に去って行きました。
私はしばらくその場から動けませんでした。
心の奥底にあった澱みが涙と一緒に流れ出たように感じました。
あれから、姑の態度は幾らかましになりました。
訳はね、主人がさすがに怒ったらしいんです。
そんな主人は私が家に帰った時、
「流産したこと俺もショックだったが一番辛かったのは、お前なのにすまない」
と謝ってきたんです。
運よく仕事にも復帰できました。
新学期も始まって私も心機一転。
二十四の瞳の久子先生のように生徒に慕われる教師になれるよう頑張ってみます。
遥さん、あなたにお会いすることが出来て自分を信じてあげる事が出来ました。
ありがとう。
本当にありがとうね。
またお手紙書きますね。
かしこ 昭和43年5月7日 国江実日子』
「文通なんや……」
香はふと小さい頃、祖母と遊んだお手紙ごっこを思い出した。
他の手紙も気になった香は次の封筒に手を伸ばしていた。
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