思いの狭間
瀬田神社で昨日行われた神舞の映像がテレビに映し出されていた。
雅なメロディが部屋に流れる。
「舞、テレビ見て神舞だよ、あの子たちが舞手を務めたんだよ」
兄はテレビを見ながら話して、香が同じ髪留めをしていたから美樹に着けてもらおうと貸したのだと説明した。
舞は手を休めテレビのスクリーンの中で舞踊る香と美樹の姿を眺めていた。
お祭りか……
「綺麗だね、二人とも」
「凄かったよ、息がぴったりで、まったくズレなかったんだよ」
兄はよほど感動したのか、珍しく興奮気味に話し煙草に火を着けた。
「見たかったな……」
純粋に感想を言うと、頭に記憶がもたれてくる。
「お風呂入ってくるね」
舞はホテルの浴衣と手提げ袋をもって、その場から逃げるように大浴場に向かった。
平日ということもあるのか、浴室は貸し切り状態で久しぶりの湯船に身を置く。
ぬくもりが安堵感となって体中に染み渡っていく。
「気持ちいい」
手足を伸ばし、昼間なら瀬戸内海が一望できるだろう窓の傍に行き、曇りガラスに映る自分に話しかけた。
「お祭りか……」
――舞が見に行った祭は「神舞」の前夜祭的なお祭りで、六角形のお堂でダンスが披露されていた。
伝統的なものからモダンなものまで多岐に渡っていて。
神社の境内には様々なジャンルの音楽が鳴り響いている。
露店も多数出店していて、良い匂いに釣られ、たこ焼きを買った。
社務所の脇のベンチに座ってそれを食べながら境内を眺めていた。
地元の客が多いのであろう浴衣姿の人が目立つ。
お堂では若い男の子達がマイケル・ジャクソンの音楽に合わせて華麗なダンスを披露していた。
「あれ、早川さん」
声の主は川勝京一郎であった。
たこ焼を口に入れていたので手で口を抑えながら会釈した。
薄い鼠色の浴衣を着て足には雪駄を履いている。
男性も、もっと浴衣を着たらいいのに、目の前の出で立ちを見て純粋にそう思った。
「奇遇ですね、まさか地元のお祭りに来られてるとは、ビックリしました」
両手を広げ身を反らせて喋った。
この人は身振り手振りが多いんだ。
たこ焼を飲み込むと改めて声に出し挨拶をした。
「こんばんは」
京一郎は軽くお辞儀をして、お堂を見ている。
「この神社の雰囲気には似合わないな」
「でも、お祭りですから」
「そうなの?」
こっちを向いた顔は見るからに疑問の表情を浮かべていた。
「だって古事記では、天岩戸の前でアメノウズメが舞を舞ってお祭りをして、何か楽しそうだなってアマテラスに岩戸を開けさせたでしょ」
「へぇ、そうなんだ、面白いね」
京一郎は微笑んで、空いている隣に座らずベンチの脇にしゃがみこんだ。
「だから、神様も楽しんで見てると思いますよ」
「なるほどね、あなたの物の見方は自分達とは違うようだ」
羨ましそうに、こっちを見上げている。
舞は小首を傾げて聞き返した。
「そうですか?」
「親父も僕も書物は読むし、行動もする、考えもするけど、固定観念に縛られて、そのあなたのような発想力に乏しい……羨ましいなぁ」
ズキンと心に何かが刺さった気がした。
「ただ、私は何でだろう? どうしてだろうって考えているだけですよ」
確かに固定観念には囚われないようにとは心がけている。
あるわけないよと人に言われても、あるわけないことも、史実も実際証明できないじゃんと思う。
「なるほどね、でもね昼間、結界について話したこと。あれって的を射てると思う」
急にドキドキしだす……
何でだろう。
京一郎は正面を向いたまま、
「この島の秘密、知りたいですか?」
小さな声で言った。
「え?」
舞は驚いて京一郎の方をみると、こっちを見上げてニコッと笑う。
「もし、興味があるのならば、ですけどね」
笑顔のまま正面を向いた。
どうしよう。
とても気になる……
京一郎は迷いを見透かしたように言葉を続けた。
「今、返事を貰えれば明日の午前中に案内します。条件は二つ、この事は当然、他言無用……」
しばらくの沈黙の後、舞は聞いていた。
「もう一つは?」
京一郎は大きく頷く。
「案内している間、スマホの電源は切って下さい。秘密厳守ってとこです。これが条件です」
写真や位置情報を防ぐためなのかな。
「分かりました」
「そうこなくっちゃ、あなたに是非見て貰いたいんだ」
まるで、宝物でも手に入れた少年のような笑みを見せると、京一郎は立ち上がった。
「じゃあ明日、そうですね……瀬田港に8時でどうですか?」
「分かりました、けど私、明日の昼のフェリーで帰るんです」
京一郎は小刻みに頷いて、
「全然大丈夫、間に合います。じゃあ」
軽く手を振り楼門の方へ歩いて行った。
舞はため息をついて、すっかり冷えきった、たこ焼を一つ口に放り込んだ。
何か悪魔の囁きに乗ってしまった気がした。
『秘密』というキーワードに、舞の知りたいセンサーが勝ってしまった。
お堂では夕凪島の伝統の踊りが披露されている。
冷めても美味しいたこ焼を味わっていると、
「やあ、まだいた。良かった」
京一郎が目の前に現れた。
「これ、プレゼントしたくて、一点物の手作りの工芸品だって」
掌に乗せた髪留めを見せた。
さすがに貰えないかな……
「出会いの記念にね」
断ろうと言葉を発するよりも素早い動作で、それを舞の膝の上に置くと、京一郎はニコリと笑い身を翻し歩いて行った。
「え、ちょっと」
舞は、立ち上がろうとして、たこ焼きは持てたものの、髪留めを取り損ねて落としてしまった。
それを拾い上げてる間に京一郎の姿は消えていた。
手の中の髪留めは季節違いの桜の花を象った細工の美しい物だった。
「どうしよう……」
髪留めの光沢が提灯の灯りに照らされている。
「君は悪くないものね、ありがとう」
ベンチに座り冷え冷えのたこ焼を食べた。――
「んー」
お湯の中で手を組んで両手を前に伸ばした。
京一郎は大丈夫だろうか……
兄にはちゃんと話さないとね……
「どうしたもんかな」
浴槽の縁に両手を枕に頭をのせた。
湯気で曇った窓にぼんやり映る顔を見てため息をついた。
「ただいまー、さっぱりした、お兄ちゃんも行って来たら……って、たばこ吸いすぎじゃない?」
舞は窓を開けると、呆れながら兄を見た。
「そうか?」
兄は首を傾げる。
その顔を見ていたら舞は自然と頬が緩んだ。
「ねぇお兄ちゃん……」
啓助の隣にちょこんと座り、腕にしがみついた。
「私は、大丈夫だからね」
「あ、ああ……わかった」
そのまま兄の肩に頭を預ける。
ゆっくりと舞の髪を兄は撫でる。
「良かった。本当に……じゃあ、舞の言いつけ通りに風呂行ってくるよ」
兄はグッと肩を抱き寄せると、風呂の支度をして部屋を出て行った。
「いってらっしゃい」
舞は小さく手を振り見送った。
灰皿には吸い殻が山盛りになっている。
残り火がないか確認してビニール袋に包んでごみ箱に捨てた。
「まったく……でも、しょうがないか」
ため息交じりに手をはたいた。
兄は今回の事で気苦労したに違いない。
舞は窓の傍に歩み寄り外から入ってくる空気を浴びた。
近くの灯台の明りが点滅しているのが見える。
感謝だよね……
「ありがとう私、ありがとうお兄ちゃん、ありがとうみんな」
目の前の闇に声に出して語りかけた。
お読み頂きありがとうございます。
感想など、お気軽にコメントしてください。
また、どこかいいなと感じて頂けたらスキをポチッと押して頂けると、
とてもうれしく、喜び、励みになり幸いです。




